子ども扱いされまくった茶会が終わり、しばらく平穏に過ごしていたある日。
 アルバから、ついに温泉が出来上がったと教えてもらった。
 早速見に行ってみると、ミヅキ風に作られた立派な建物が完成している。

「おお……!」
「お気に召しましたか?」
「うん、こんなにすごいの造ってくれたんだ! ありがとう!」

 年甲斐もなく無邪気に喜ぶ俺を見て、アルバは満足そうに微笑み、大工たちは照れ笑いだ。
 それに、俺の故郷を意識して作ってくれたという心遣いが、とても嬉しい。

「魔動循環器も調整だけですから、お昼過ぎには入れるようになりますよ」
「魔動循環器?」
「水の流れを循環させる魔道具です。浴槽に水の道を作り、排水溝から出た水からゴミや汚れなどを取り除いてろ過し、再び綺麗な水として浴槽に流れるんです。公共の浴場やプールにも使われていますよ」
「へー、便利なんだな」
「浴槽自体にも特別な加工がしてありますから、カビや滑りなどはほとんど発生しません。浴槽に関しては、年に一、二回ほど水を抜いて大掃除するだけでいいんですよ……火竜としてもありがたい事です」
「え、どういう事だ?」
「実は、我々は火竜なだけあって、水場の作業や掃除は苦手な者が多くて……あ、もちろん我々のやり方で、掃除自体は行いますのでご安心を。ただ、火竜でありながら水をはったままの浴槽やプールに、自ら飛び込む変わり者は多くありませんから」
「……風呂とかはどうしてるんだ?」
「衛生面の問題もありますから、温かくした石鹸水や湿らせた布を使って、体全体を拭いて綺麗にします。月に数回ほどシャワーにも入りますが……多くの火竜は長くても五分以内で洗いきりますよ。人間たちには癒しの空間のようですが、我々にとっては、ほとんど修業です」
「そ、そうなのか」

 こんなに広いんだし、アルバ達も一緒に入れたら楽しそうだと思ったけど、さすがに無理そうだな。
 シャワーで修業って言うくらいなら、湯船につかるのはもはや拷問の域だろう。

「うーん……でもやっぱり、俺一人だけで使うのは、ちょっともったいない気もするな」
「イグニ様でしたら、カナデ様の為ならばと死にそうな顔で入ってくださると思いますよ?」
「それはちょっと」

 死にそうな顔って……というか、アルバは何でそこで、ちょっと楽しそうなんだ。
 もしかして、アルバってけっこう腹黒い? この前、火竜王様が緑茶を吹きだした時も笑いを堪えてたからなあ。


 そして夕方よりは少し早い時間。
 昼食を食べていた時に循環器の調整が終わったという知らせが入ったので、ちょっと早い入浴だ。
 脱衣所と休憩所が併用の建物は狭すぎず広すぎずの、ゆとりのある空間で、万一の為のトイレもある。
 タオルや着替えを置くための棚に、南の国にあるようなお洒落なラタンの椅子と机、浴室の入口近くに風呂桶も置いてある。

 服を脱いで浴室に入れば、こちらも凄い。
 手前側にシャワーが二つあり、その脇には三種類のボトル……髪用が二つと、身体用が一つの石鹸のようだ。
 浴槽は屋根のある方にジャグジーが一つあるが、その隣には、なんと立派な露天風呂!!
 場所がちょうど敷地の端っこな事もあって、辺り一面が見渡せるくらいの絶景だ。
 そういえば、温泉の周りには結界が張られているから、入口以外からは入ることも中を見る事も出来ないとアルバが言っていたな。
 そこだけは火竜王様の強い要望だったらしい。

 シャワーで全身を洗い流し、髪を軽く束ねてから湯船に入る。
 お湯の温度は若干熱めだが、外気に触れる事でちょうどいいくらいになり、とても気持ちいい。
 日があるうちに温泉につかるなんて贅沢だなと思いつつも、この気持ちよさを思う存分堪能する。
 旅をしていた時は、頻繁に湯につかれるわけじゃなかったしな……風呂どころか、体を拭く事もままならない日が続く事もあったし。

 でも、やっぱり俺の為の施設というのが、すごく悪い気がする。
 聞いた感じじゃ俺が居なくなった後で、火竜たちに再利用してもらうのは無理みたいだし……。
 そう思いつつ良い湯にとろけそうになっていると、扉の開く音がした。
 入ってきたのは火竜王様だ……あれ、風呂は苦手じゃなかったっけ? と思ったが、服は着たままだから入るつもりは無いようだ。

「カナデ……大丈夫か?」
「え? 大丈夫って」
「いや、人間たちが風呂を癒しの場としている事は、頭では分かっているんだが……火竜の俺からしたら、水に浸かって苦しんではいないかと、やはり心配になって」
「……それでわざわざ、堂々と覗きに来たんですか?」
「な!? の、覗きではないぞ!! 見たい気持ちはあるけれど!!」
「ふふ、冗談ですよ」

 火竜王様の必死な様子と隠せていない本音がおかしくなって、つい笑ってしまった。
 しかし火竜王様はうろたえながらも、いつも以上に赤くなっている。もしかして、温泉の熱気のせいか?

「火竜王様? どう……」
「ま、待て!! 立たないでくれ!!」
「?」

 うろたえていた火竜王様は、何故か目を隠しながら横を向いてしまった。なんだというんだ。
 
「か、カナデ……何故、平然としていられるんだ。君は今、裸なんだぞ?」
「え、そりゃ、風呂は裸で入るものでしょう」
「そうなんだが、そうではなくてな……見られて平気なのか?」
「旅をしていれば、公共の浴場くらい入りますし」

 そういや、火竜は風呂に入るようで入ってないような生活なんだっけ。
 という事は火竜王様にも、風呂では誰しもが裸だから気にしない、という感覚が無いんだろうか。

「……君の裸を見た者は、何人いる」
「そんなの数え切れませんって……てか、どこの誰かも分かんないですよ」
「……なんという事だ……」

 火竜王様は、そのまま頭を抱えてしまった。
 これだけの事でここまで悩むとは、別の意味で深刻かもしれないな。
 あまり引きずるようなら、他の竜王様に……特に、水の事に慣れている水竜王様に相談したほうがいいかもしれない。


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