俺には焦りがあった。
 他の兄弟は皆が番を見つけたのに、俺の番だけがまだ現れない。
 兄弟たちは焦らなくていいと、まだ生まれていないかもしれないと、俺を気遣ってくれた。
 だが、俺も分かっている。
 すでに死んでいるかもしれない事を、このまま永遠に見つからない可能性もある事を。

 そんな複雑な気持ちを抱えながら終えた、中枢の儀式。
 普段なら大通りの様子など気にも留めないが、その時ばかりは妙に気になってしまった。
 ふと振り返ると、東の国ミヅキの衣装の旅人と目が合った。

 それだけなら大したことではない。
 しかし、この言いようのない胸の高鳴りは何故なんだ。
 兄弟たちは言っていた。
 番に初めて出会った時、感じた事のない胸の高鳴りを覚えたと。
 エアラに至っては風竜王のくせに、息をするのに必死だったと言っていたな。

 ……だが、今ではその気持ちがわかる気がする。
 一瞬しか見えなかった彼が、頭の中から離れない。
 ミヅキの民特有の、黒い髪をしていたな。瞳は深い海のような色のように見えた。
 何の変哲もない旅人をここまで気にするのは……まさか彼が、俺の番なのか?
 可能性はあるが、確信はない。
 番に対しての感情など、俺には初めての事だ。これが正しいのかどうかなんて分からない。

 兄弟たちは、番とは対面して、初めてそうだとはっきり分かると言った。
 しかし、俺と彼は対面したというには微妙過ぎる。
 ふり返ったのは一時、目を合わせたのも一瞬……すぐに彼は歩き出し、どこかへ行ってしまった。
 ならば、彼が俺の番であるのかどうかをはっきりさせたい。

「ミヅキの旅衣装を着た、旅人の男を連れてこい」

 俺は自分の宮に戻るなり、部下にそう告げた。
 今更ながら、恐ろしい形相と低い声だったと自分でも思う……それに、言葉も足りなかった。
 初めての感情を、どう整理すればいいのか分からなかったせいで、普段のような的確な指示が出せなかった。
 それがあんな事になるとは、夢にも思わなかったのだ。

「イグニ様、例の旅人を捕らえました」
「……なに?」

 今部下はなんと言った? 聞き間違いでなければ、捕えた、と言ったか?

「捕らえた、だと?」
「はい、地下牢にぶちこんでおきましたよ。ですが、何故あのような……」

 部下の言葉が終わるのを待たず、俺は地下牢へと駆けだしていた。
 番であったならいいが、番でなかったならそれも仕方なし、どちらだとしても客人として招くつもりだったのだ。
 そもそも番云々でなくとも、何の非の無い者を牢に繋ぐなど、常識的にあってはならない。

 通路に居た部下たちを横目に、勢いよく地下牢の扉を開ける。
 部下の言葉通り、あの旅人は身ぐるみ剥がされて、地下牢に繋がれていた。
 自分でも消化しきれない複雑な思いを胸に、半信半疑で彼に近づく……そして彼を間近で見た時、その思いが確信に変わった。

 彼の素性も、声も、名すら知らないというのに、こんなにも愛おしいと思えるのか。これが番を想う気持ちなのか。
 しかし、彼の白く細い手足は力なく鎖にぶら下がっており、長い黒髪は無造作に流れていて、一目見ただけで顔色が悪いと分かる。
 俺は鉄格子を無理やり捻じ曲げて、彼を繋ぐ鎖を力任せに引きちぎった。
 なす術もなく倒れ込む彼の軽い体は、酷く熱を帯び、左腕も折れている……呼吸も浅い。
 青い顔で俺の後について来た部下たちに、医師を呼べと声を荒げる。

 俺は彼を大切に抱きかかえ、自分の部屋へと連れて行く。
 慌てて飛んできた医師に彼の治療をさせ、部下に状況報告をさせる。
 部下は彼を、俺の怒りを買った罪人であると勘違いしたようで、火竜でありながら真っ青になって震えていた。

 四竜王の番に手を出した者は、本来ならば極刑だ。
 しかし、今回はまだ未確定だった時点での出来事である上に、俺が誤解させるような物言いと態度だった事もある。
 だからと言って、罪人であってもこの連行の仕方はやりすぎだ。
 火竜の竜人たちは他の竜人と比べて、荒っぽい性格な者が多い事が今回は災いしたか……。

 なんにせよ、俺は自分と部下の非礼を、彼に詫びねばならない。
 だが、人間は竜人よりも脆いと聞く……彼がこのまま命を落としてしまったら、一体どうしたらいい。
 ただの勘違いで、無実の人間を殺してしまうなど……単純に番を失う、だけでは済まない事をしてしまう事になるのだ。

 愛しい番よ……頼むから、早く目を覚ましてくれ。
 俺は君に謝りたい。俺たちは、君に嫌われても仕方のない事をした。
 だが、もし叶うのであれば……俺を嫌ったままでもいいから、俺の傍に居てくれないだろうか。


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