冬本番が近づき、俺は少し残念な気持ちになっていた。
 秋の催しとして行われるはずだったモフモフ祭りが、悪天候の為に中止になってしまったのだ。
 それは、ロンザバルエの固有種である、ふわふわヒツジたちに関するお祭りで、冬が近づくとヒツジたちは冬毛に生え変わるのだが、なんと歩くのもままならないくらいにモッコモコになってしまう為、人の手でちょうどいいくらいに刈り取る必要があるのだという。
 そして、刈り終わった毛を綺麗に洗って乾かし、冬服や防寒具、寝具などに加工するのだ。

 お祭りの当日は、ちょうどいいモフモフになったヒツジたちに感謝をしつつ、遊んだりおやつをあげたりして楽しむのだという……。
 ものすごくやりたかったけど、長雨のせいでヒツジたちを外に出せなかったのだから、仕方ない。
 これは来年に激しく期待だ。

 それから、特に大きな出来事は無く、寒さばかりが日に日に増していき、もう本格的な冬と言っていい季節になった頃。

「……うわあ」

 朝起きて、いつもより冷えるな、と思っていたら、窓の外は一面の雪景色だった。
 屋根や塀に積もった雪を見る限り、足元はすっぽり埋まってしまうくらいの量はありそうだ。
 雪景色は綺麗だと思うし、雪そのものも特別感を感じて好きなんだけど、寒いのだけは嫌なんだよな……。
 そんな事を考えつつ窓の向こうを見ていたら、いつもの調子のノックの音が聞こえる。

「カナデ様、おはようございます」
「おはよう、アルバ。すごい雪だね」
「ええ、火竜宮に雪が積もるなんて、珍しい事です」
「いつもは、そんなに積もらないのか?」
「はい、降っても積もらないか、積もっても半日で解ける程度ですね。どうやらこの雪は、水竜たちのテンションが上がりまくった影響と思われます」
「水竜たちが?」
「今年の秋は例年より暖かかったので、冬も暖冬だろうと思われていたのですが……ここ最近で急激に冷え込むようになった為に、水竜たちも比例してテンションが急上昇したのではないかと。その影響で、他宮も雪まみれになったようです」
「そ、そうなんだ」
「当の水竜宮では今頃、巨大な雪像や氷の彫刻が出来ているでしょうね」

 アルバは苦笑いしつつもそう言った。
 でも、そんな状況なら、水竜宮は火竜宮の数倍は寒いんだろうな……ウォルカさんが、イグニ様の鱗を必要とするのも納得だ。

「カナデ様、話は変わりますが、冒険者ギルドよりお手紙が届いておりますよ」
「えっ、もしかして、師匠から?」
「はい、イグニ様にも確認して頂いたほうがいいと思いましたので、食堂の方へ運んでおきました」
「分かった、ありがとう」

 師匠からの手紙……こっちに来てくれる日にちが、決まったという事だろうか。
 久しぶりに師匠に会えるのは嬉しいけど、季節的には少し厳しい気もするな……。

「うーん……」
「カナデ様、どうなさいました?」
「あ、ごめん。師匠も俺と同じで寒いのが苦手だから、当日にあんまり寒くなったら困るな、と思って」
「分かりました、その日までに雪は溶かしておきます」
「え、それって雪かきとか?」
「いえ、我々が肉を片手にテンションを上げて近づけば、一瞬で溶けます」
「まさかの肉パワー再び」

 溶かし方がちょっと強引な気もするけど、寒さが少しでも和らぐならありがたい。
 そんな話をしながら食堂へ向かうと、なんだかソワソワしているイグニ様の姿が見えた。

「イグニ様、おはようございます」
「おはよう、カナデ。……今朝、お義父上からの手紙が届いたと、聞いているのだが」
「はい、食堂の方に運んでくれたそうで……あっ、あれですね」

 いつも食事をするテーブルから、少し離れた所にあるサイドテーブルの上に、細工の美しい木製のトレーが置かれている。
 その上に置かれている手紙が、師匠から送られたもののようだ。

「イグニ様、なんだか落ち着かないみたいですし、先に読みましょうか?」
「ああ……うん……そうだな……」

 イグニ様は落ち着かない様子で、食堂の一角を行ったり来たりとウロウロしていた。
 この状態で先に食事をしても気が気でないだろう……それならむしろ、手紙の事を先に済ませてしまった方が、精神的には楽になる気がする。
 トレーを持ってきてくれたアルバから手紙を受け取り、中を確認した。

「……ギルドの仕事は、全て終わらせたそうです。消印の日付からして、五日後にはロンザバルエに到着するみたいですね」
「そ、そうか……五日後に、お義父上が……」
「とりあえず、今日のところは落ち着いて、朝食にしましょう。まだ日にちはありますから」

 若干挙動不審気味なイグニ様をなだめつつ席に座ると、ちょうど朝食が運ばれてくる。
 今日はハムとタマゴのロールサンドにオニオングラタンスープ、ポテトサラダに季節のフルーツ入りのヨーグルトだ。

 そういえば俺の玉子好きも、師匠の影響が強いんだよな。
 食べ物の事もだけど、他の好みや習慣も、師匠の影響を受けまくっている事が多い。
 それに、食べれる果物や野草やきのこの見分け方、魚の釣り方に火の起こし方、野宿のやり方から戦い方まで必要な事は全部、師匠に教わった事ばかりだ。
 だから、親孝行というか恩返しというか、そんな感じの事がしたいんだけど……俺が師匠に出来ることはなにかあるかな。
 俺はその事を考えながら、イグニ様はまだソワソワしたままで、朝食を済ませていく。



 その後も、なんやかんやであっという間に日が過ぎていき、ついに師匠がロンザバルエに着いたと知らせが入った。
 街の宿に滞在しているという事なので、火竜兵たちに迎えに行ってもらい、俺達は客室で到着を待つ。

「イグニ様、落ち着いてくださいよ」
「……ああ……しかし……うん……」

 今まで以上にソワソワしているイグニ様に、ロドが少し呆れつつも困ったように言った。
 でも、ソワソワする気持ちは分からなくもない。
 俺も久しぶりに師匠に会えると思うと、少し落ち着かない感じだし。
 イグニ様の場合は、俺の親同然の相手という事もあって、緊張も混ざっているんだろう。

「失礼します、お客様をお連れしました」

 ノックの音の後に、迎えに出てくれた火竜兵の声が聞こえる。
 イグニ様は一瞬強張ったが、すぐにその声に応え、少しの間の後に扉が開かれた。
 そこには、俺が使っていた旅装束とほとんど同じような出で立ちをした、以前と変わりのない師匠の姿があった。


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