師匠が火竜宮へ来てから、何日か経った頃。
 雪より雨が多くなり、底冷えする日も減ってきたけど、まだまだ寒い日は続いている。
 俺にとっては憂鬱な気候のなのだが……火竜たちは寒さなど意にも介さず、いつもどおりに仕事をこなしていた。

「アルバって、寒くないの?」
「ええ、火竜ですので、冷えはしませんよ」
「いいなあ、俺、寒いとベッドに永住したくなるもん」
「カナデ様は、寒いのが苦手でしたね。我々には分かり辛い感覚ですので、お力にはなれませんが……」
「そんなことないよ、アルバが近くに居る時って、なんか暖かいし……そういえば冬になる前に、イグニ様がやたらと俺に、くっついて欲しがってたっけ」
「そんな事もありましたね」
「……ねえアルバ、火竜の体温がどのくらいか気になるんだけど、ちょっとくっついてみてもいい?」
「かまいませんよ?」

 アルバは、俺にくっつかれる事は特に気にならないようで、あっさりと許可してくれた。
 見た目の通り、しっかりとした体格のアルバにギュッと抱き着くと、まるで湯たんぽにくっついているみたいで、とても暖かい。

「おお……さすがの暖かさ……これは離れたくない……」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、イグニ様に見られたら、大変な事になりそうで……あ」

 アルバは途中で言葉を切って、何かに気付いたように扉の方を見ていた。
 俺も気になって振り返ってみると、そこには絶句状態のイグニ様とロドが。

「……カ、カナデ……何故アルバに抱きついているのだ……?」
「え、アルバが暖かかったので」
「そ、それならば、俺にくっつけばいいではないか……アルバよりも熱くしてやれるぞ!?」
「……いくら冬でも、暑すぎるのはちょっと」

 謎の対抗心を燃やすイグニ様だが、真冬に熱中症なんていう、意味の分からない状態にはなりたくない。
 しょんぼり気味なイグニ様の横では、理由を知って安心したらしいロドが、いつもの呆れ顔になってイグニ様を見ていた。

「カナデ様、すみませんが、イグニ様にくっついてやってください。後からめんどくさい事になりそうですし」

 さり気なく棘のある言い方のアルバだが……でも、くっつく事でご機嫌になってくれるなら、その方が手っ取り早そうだもんな。

「じゃあ……イグニ様、くっついていいですか?」
「ああ!! 勿論だ!!」

 しょんぼりから一転、イグニ様はものすごくいい笑顔で両腕を広げている。
 俺はアルバにした時と同じように、イグニ様にくっついたが……。

「……あの、イグニ様。ちょっと熱いです」

 アルバに比べて体温が高いのは、やはり火竜の王だからだろうか。
 しかもイグニ様は、俺をしっかりホールドしているので、その影響もあってか熱さが増しているのだ。

「す、すまない。嬉しすぎてつい」

 そう言って、イグニ様は腕の力を緩める。
 それで丁度いいくらいの温度になったので、くっついたままでイグニ様を見上げると、満面の笑みで俺を見ていた。
 そういえば、俺からイグニ様に触れる事って、数えるほどしかなかったな。
 それだって、手を取るくらいの軽いもので、ここまでがっつりくっつくのは初めてな気がする。
 イグニ様からくっつかれる事はよくあるし、この様子からして、俺とくっつくのを嫌がっている様子は欠片も無い。

 ……それにしても、イグニ様はアルバ以上にしっかりした体つきをしているな。
 いわゆるガッシリ系というか、男らしいというか。
 俺なんて小さい上に、最近ではプニプニもしてるから、逞しい体がなんとも羨ましい。

「……カナデ?」
「……あ、すみません、つい」

 俺はいろいろ考えながら、無意識のうちにイグニ様の体をぺたぺた触っていた。
 さすがに失礼だったよな、と思って手を離すと、そのままイグニ様の大きな手に包まれてしまう。

「ふふ、カナデの手は愛らしいな」

 嬉しそうに俺の手に触れるイグニ様だが、なんだかくすぐったい……手もだが、それ以上に気持ちが。
 なんというか、なんとも言えないフワフワした気分になってしまう。

「あの、イグニ様……」
「ん? あ、すまない……痛かっただろうか?」
「いえ、大丈夫です……なんというか、その……」

 この説明しにくい気持ちを、なんと伝えればいいんだろう。
 師匠と過ごしていた時は、難しい事を考えずに自然体でいられたのに、イグニ様と居る時は、なんだか気持ちが落ち着かない……でも、決して不快な気持ちじゃないし、むしろ嬉しいとか幸せ、みたいな感じの……。
 こんな気持ちになるなんて、少し前までは考えられなかったのに。
 いつの間にか、この火竜宮を、イグニ様の隣を心地よい、安心できる大切な場所だと思うようになった。
 イグニ様と初めて出会った頃の、図太い俺はどこかに旅立ってしまったようだ。


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