*微ホラー注意です。



 ノルスさんから肝試しの招待を受けて、一週間たったある日。
 自由施設に廃墟の館が建ったという知らせを受けて、イグニ様と現地へ向かったのだが。

「……これは、本格的ですね」

 そこにそびえていたのは、一時的な催しとは思えないくらいに、立派な外観の廃墟。
 蔦や苔が無かったら人が住めるような洋館にも見えるだろうが、現状はオバケが出てきそうな雰囲気を醸し出している。
 入口にはすでに竜王様と番様の皆さんが集まっていて、若干楽しそうだったり元気が無さそうだったりと、反応は様々だ。

 俺たちが到着した事で全員揃ったので、ノルスさんがこの施設について説明をしてくれた。
 まず、入口でスタンプを押すための紙を貰い、館の中へは二、三人ほどのグループに分かれて入るのだが、度胸のある人なら一人で参加も可能だそうだ。
 中の順路は一方通行の進路のみになっているので、途中で迷う事はないのだという。
 クイズの部屋に着いたら、正解と思う方の部屋の扉を開けて、通路の中央付近の壁のくぼみに置かれているスタンプを押せばいいそうだ。
 三問のクイズを解いて出口から出た後は、スタンプの数に応じて景品がもらえるらしい。

 今回、誰から行くかは、くじ引きで決めた。
 その結果、最初は風竜王様とフォトーさん、次に俺とイグニ様、次に地竜王様とグラノさん、最後に水竜王様とウォルカさんの順に決定。
 一番手になったフォトーさんはこういうホラーが好きなのか、ノリノリの様子で風竜王様と一緒に館へ入っていく。
 次は俺とイグニ様の番だが、先に言った二人を見送ったノルスさんが、入るのは少し待ってほしいと言った。

「あまりすぐに入ってしまうと、前の方に追いついてしまう事がありますので。謎解きもありますし、前の方がある程度進んでから、次の方に入ってもらうようにしているんです」

 確かに、前の人の会話からクイズの内容や答えが聞こえてしまう事もあるだろうし、前の人の姿が見える位置を歩いていたら、オバケに驚くポイントも分かってしまう。
 こういう肝試しの施設なら、そういう事は分からない状態で行かないと、楽しみが半減してしまいそうだもんな。
 そう納得してしばらく待っていたら、二階の窓の向こうから、可愛いオバケの描かれたイラストがぴょこっと顔を出した。
 ノルスさんがもう入っていいと言ったので、どうやらあれが中の人からの合図のようだ。

 イグニ様と一緒に入口の扉を開くと、その先は薄暗い廊下が続いていた。
 中はちゃんと朽ちたような作りになっており、時々折れた照明や暗い雰囲気の人物画の絵も飾ってあって、なんとも不気味だ。
 足元が一応見れるくらいの暗さだから、つまづいたりしないように気をつけないと、と思っていたら、一瞬眩しい光が点滅し、ゴロゴロ、ドーンと大きな音が響いた。
 
「雷、でしょうか……? あんなに晴れていたのに」
「いや、音がしたのは、建物の中だけのようだ。おそらく驚かすための効果音だろう」
「うぅ……大きい音は、ビックリするから苦手です……」
「カナデ、手を握るかい?」
「……あ、そうでしたね。イグニ様を押さえておかないと」
「そうだな、しっかり押さえておいてくれ」

 この恐怖の館の中で、不釣り合いなほど機嫌のいいイグニ様だが……でも、繋いだ手は温かい。
 少し安心して順路を進んでいくと、左右には赤い手形のついた窓がいくつか出てくる……そして、そこを通り越したころ、奥に階段が見えてきた。
 一階だけでなく二階にも上がれるのか、と思って足を踏み出すと……。

「っうわっ!?」

 階段の手前の壁から、突然たくさんの手がわさわさと出てきた。
 赤や緑、黒の塗料を腕に塗っているみたいだけど、その色合いとうねうねとした動きが、とても気持ち悪い。
 手に当たらないようにと、イグニ様にくっつきながら廊下を越えて、階段を上がる。
 すると今度は、二階の壁と天井に無数の目玉が……そのうちのいくつかは動かせるみたいで、ギョロギョロしているものもあった。

「なるほど、確かに不気味だな」

 そう言いつつも余裕そうなイグニ様の隣で、俺は結構な気持ち悪さを感じていた。
 なんというか、怖い話を聞くのは平気だけど、こういう不快な音が聞こえてきそうなやつは、昔からダメなんだ……。
 気味の悪いたくさんの目玉に、文字通り見守られつつ先へ進むと、廊下の奥に扉がある。
 開けるとそこは明るめの個室になっていて、真ん中に置かれている机の上に、クイズの問題の書かれた紙が貼られていた。

「えーと? サーモンはどちらか?」
「あの扉に飾られた絵を見て、判断しろという事か」

 イグニ様は、扉に飾られていた絵を見てそう言った。
 左右の扉には、サーモンと思われる魚の絵が貼られており、よく似ているが所々が微妙に違っている。

「これは……右でしょうか?」
「そうだな、左のものは似ているが違うようだ」

 俺たちは少し警戒しながら、右の扉を開く。
 扉の先は灰色の壁紙の貼られた通路が続いており、ちょうど真ん中あたりの壁際にへこんだスペースがあった。
 そこには可愛い絵柄の魚のスタンプが置かれていたから、こちらが正解だったのだろう。

 スタンプを押してから先に続く扉を開けると、今度は左右に鉄格子のある廊下が現れた。
 檻の中には気味の悪い人形がいくつもあり、所々に骸骨や血だまりのようなものもある…。

「おぐぁあぁあ!!」
「うわあぁあ!!」

 不気味な気持ちで進んでいたら、檻の中に居た脅かし役のゾンビさんが突然こっちに迫って来て、鉄格子をガチャガチャと揺らした。
 こういうビックリ系は、本当に驚くからダメなんだって……。
 思わずイグニ様にくっついてしまったが……イグニ様は驚きつつも超嬉しそうにしているという、意味の分からない状態になっている。

 そういえば、イグニ様の手を押さえておかないといけないんだった、と思い出して、くっついているそのままの状態で順路を進んでいく。
 鉄格子のエリアの次は、一風変わって真っ白な壁が続いているが、床には血のような模様が点々と付いていた。

「……ここは……また、雰囲気が変わりましたね」
「突然何かが出てくるかもしれんな」

 さらりと不穏な事を言うイグニ様だが、怖がっている様子はない……なんかさっきから、俺ばっかり驚いてる気がするな。
 イグニ様もビックリ自体はしているみたいだけど、俺のように分かりやすいリアクションではないというか。
 ちょっとした悔しさを感じながら、警戒しつつも白い部屋を進んだが、あっさりと次の部屋の扉の近くまで来れた。
 ここは休憩エリアみたいなものだったのかな、と思っていたら……。

「おあ゛ぁあぁあ……」
「え? えぇ!?」

 なんと俺たちの歩いてきた方から、数人のゾンビっぽいオバケたちが、絶妙な速度で追いかけてくる。
 そしてオバケたちが通った後の道は、次々と照明が消され、奥が見えないくらいに真っ暗になってしまった。
 追われているという状況、加えて光が失われていく現状に焦ってしまい、思わずイグニ様を引っ張って次の部屋へと飛び込んだ。
 次の部屋はクイズの部屋だったので、少し安心はしたが、まだ心臓が飛び跳ねるように動いている。

「カナデ……大丈夫か?」
「……は、はい、なんとか」
「本当か? 無理をしているのではないか?」

 イグニ様はそう言って、俺を心配そうに見ていた。
 この館に入ってからは、声をあげたり驚いてくっついたり……さっきも焦って引っ張ってしまったから、相当怖がっていると思われたようだ。

「無理をしてるつもりは無かったんですが……もしかしたら、自分で思ってたより苦手だったのかもしれません」

 考えてみれば、こういう肝試しは今回が初めてだ。
 怖い話を聞くのは平気だったし、冒険者の時の救助要請だって、不気味な場所とはいえ本当にオバケが出たわけではない。
 だから、自分はホラーは平気だと思ってたんだけど……。

「こういう体験する肝試しは初めてで……怖い話を聞くのと同じようなものだと思ってたんですが、考えが甘かったみたいです」
「そうか……途中だが、無理そうなら止めるかい?」
「いえ、なんとかゴールまで頑張ります。……でも、また叫びながら、イグニ様にくっつくかもしれませんが……」
「構わないよ。むしろどんどんくっついてくれ」

 イグニ様は少し困りつつも、とても良い笑顔でそう言った。
 やっぱり、俺ばっかり怖がっている事が少し悔しいと思いつつも、イグニ様が居てくれる事自体にはものすごく安心するな……。
 何とか落ち着いてきたので、そのまま中央の台へと向かい、クイズの問題を見た。

「二問目は……紫陽花はアルカリ性の土だと、どちらの色になるか?」
「紫陽花か……土の質によって色を変える花だったな」
「あ、これは分かります。赤ですね。植物の本に書いてあったのを覚えています」
「ふむ、ならば赤色の扉が正解というわけか」

 赤色に塗られた方の扉を開けると、さっきのスタンプの部屋と似た部屋に続いている。
 今回も真ん中あたりに正解のスタンプが置かれている……今度は可愛い花柄のものだ。
 この調子なら、全問正解もできるんじゃないかと、少し調子に乗りつつ足を進める。

 今度の部屋は薄暗い密林を模していて、廊下は獣道のようになっていた。
 薄暗い緑の壁の前には大きな木が何本も並び、その影にちらちらと人影がある。
 彼らは不気味な大きいお面を付けて立っているが、動かずにずっとこっちを見ているだけなので、人なのか人形なのかは分からない……。
 また急に近づいてきたり、後ろから迫ってくるかもしれないと構えながら、少しずつ歩みを進めると……。

「ギャッギャッギャッギャッギャ!!」
「ひぇっ!?」

 奥にいた一人が、突然奇声のような笑い声をあげた。
 それを皮切りに、周りに居た人影が同じように笑いだし、奇声の大合唱になってしまった。
 彼らが近づいてくる事はないようだが、それでも十分すぎるほどに気味が悪い。
 俺はイグニ様にくっついたままで、急ぎ足で次のエリアへと向かった。

「……ここは綺麗ですね」
「ああ」

 さっきまでのホラー要素はどこへやら。
 今度の部屋は、緩やかな下り坂になっていて、左右の壁には色とりどりのステンドグラスが淡い光に照らされ、どちらかというと芸術的な美しさを感じる。
 模様も植物や動物、女性と花、夜空の星などで、怖い感じのものはほとんどない。
 この部屋では脅かし要素も無かったので、安心しつつ扉を開けたら、最後のクイズの部屋だった。

「最後の問題は……これは何の音をあらわしているか?」
「楽譜の絵か……この音符を読めという事なのだろうが……」

 最後の問題で、二人して詰まってしまった。
 楽譜と言われても……俺は音楽家じゃないし、歌や音楽は誰かのものを真似ていただけだから、きちんと習ったわけではない。
 イグニ様も音楽の事は専門外なのだろう、困ったように唸っている。

「扉には、「ファ」と「ソ」が書かれてますね」

 俺はなんとなく、ファのような気がする……。
 でも、完全にカンだから、間違ってる可能性も大いにある。
 まあ、催し物で命の危険になるような事はないだろうし、当たらなくても残念、くらいで済む事ではあるけど。

「カナデはどちらだと思う? 俺はファではないかと思ったんだが」
「あ、俺もファだと思いました」
「よし、ならばそちらへ進もう」

 イグニ様と意見が一致したので、ファと書かれた方の扉を開ける。
 やはりスタンプと同じような作りの部屋だったので、中央付近を目指すと……。

「……うわぁ」
「ハズレだったようだな」

 スタンプを押そうと思っていた俺の目の前に現れたのは、赤と黒と青で描かれた、口を大きく開けた男性。
 その表情は悲痛に満ちており、飛び出てきそうな目からは赤い涙を流していた。
 全問正解しなかったのは残念だけれど、これでクイズは終わりだ。
 ハズレの部屋を後にし、後はゴールを目指すばかり。

 最後の通路は最初に入ってきた通路と似た造りで、廃れた洋館の内装になっていた。
 ゴールであろう大きな扉が見えてきて、安心しきって歩いていたら……。

「っうわああぁあ!?」

 俺のいた場所とゴールの扉の間の天井から、たくさんのゾンビ人形が姿を現した。
 驚いたり気味の悪い仕掛けは多かったけど、逆さまで宙づり状態なゾンビがうじゃうじゃいるのは、純粋に気持ち悪いな。
 イグニ様に抱き寄せられながら、ゾンビ人形の合間を縫って進むと、やっとゴールにたどり着いた。

 外は眩しいくらいに明るく爽やかで、恐怖の館を脱出できたという達成感さえ感じる。
 先に出ていたフォトーさんと風竜王様と合流し、感想を話し合っているうちに、後から入った皆さんも出てきたのだが……。

「ウォルカさん、大丈夫ですか……?」
「……ええ……お気遣いなく……」

 本人はそう言ってるけど、かなり無理をしているんじゃないだろうか。
 足取り重く出てきたウォルカさんは、中に居たオバケたち並みに顔色が悪くなっているのだ。
 結局、水竜王様がウォルカさんを抱えて、一足先に水竜宮に戻り、残った俺たちがノルスさんに感想や改善点を話す事となった。


 その後、それぞれの宮に戻り、いつもどおりの夜を過ごしていたのだが。
 一人になったとたんに急に館の事を思い出して、なんだか眠れなくなってしまったな……。
 なのでイグニ様の部屋へ行ったのだが、イグニ様は一瞬喜んだものの、理性が宇宙の彼方へ吹き飛びそうだからと言って、ものすごく名残惜しそうに、俺を師匠の部屋まで送ってくれた。


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。