火竜たちの大好きな夏が終わり、秋の気配がしっかりと顔を出し始めた頃。
 美しく紅葉する山々に囲まれて、俺は幸せいっぱいの状況になっていた。

「めぇめぇ」
「めぇ~」

 俺は今、真っ白なモコモコのヒツジたちにみっしりと囲まれていて、ものすごく幸せな気分だ。
 柔らかくフワフワな羊毛はもちろん、丸っこい顔立ちにつぶらな瞳、毛並みからちょこんと出た蹄、そしてこの人懐っこさ。
 手を差し出せばスリスリと顔を寄せてくるし、頭を撫でれば嬉しそうに鳴くし、もう可愛さしか感じられない。
 このロンザバルエ郊外で飼われているふわふわヒツジたちは、他のヒツジや動物に比べて、人や竜人にとても懐きやすい。
 なんでもそれが彼らの生存戦略らしく、自分たちを獲物とする肉食動物などの外敵よりも強く、尚且つ自分たちの羊毛を有効活用できる種族に守ってもらうという、お互い様な共存関係を構築する事で身を守っているのだという。
 そのためヒツジたちは、人族や竜人たちにこんなにも気を許してくれているのだが……反面、この子たちに人の心の内の悪意なんてものまでは、さすがに分からないだろう。
 なので、この子たちが悪い人間に悪用されないように、管理者の牧場の人達が常に目を光らせているというわけだ。
 この牧場に入る前に、現場で働く人達の話を聞きに行ったのだが……彼らはみな真面目な職人肌で、屈強な見た目の人も多かった。
 しかしヒツジたちが近づいてきた瞬間に、デレッデレになるという一面も合わせ持っていたな……。

「カナデ様、一度こちらに」

 牧場の人達に負けず劣らずの、締まりのないデレデレ顔でヒツジたちを撫でていた俺に、アルバが声をかけてくる。
 名残惜しいとは思いつつも、この素晴らしさしかないモフモフロードを堪能しまくりながら進み、一度牧場の外へ出た。

「カナデ、初めてのモフモフ祭りはどうだい?」
「さいっっっこうですね!!」

 牧場の外に居たイグニ様の問いに、俺は食い気味で答えた。
 名前からして素晴らしいイベントである気はしていたが、まさかこれほどまでだったとは。
 俺たちが居る場所から少し離れた所では、他の竜王様と番様たちがヒツジたちと楽しそうに遊んでいる……特に、可愛いものが好きなグラノさんは、今までに見た事がないくらいの、ものすごくいい笑顔でヒツジたちと戯れていた。

「カナデ様、こちらをヒツジたちにあげてみてはいかがでしょう?」

 そう言ってロドが渡してくれたのは、薄い緑色のクッキーが何枚か入った包み紙だ。

「これは?」
「ヒツジたちが食べられるように改良された、おやつクッキーです」

 ロドからクッキーを受け取って振り返ってみると、ヒツジたちは期待を込めたように目をキラキラさせ、尻尾をパタパタと振りながら上目づかいで待機している……なんだこれ、むちゃくちゃ可愛い!!

「じゃあみんな、一枚づつだよ。順番にね」
「めぇ~♪」
「めぇめぇ♪」

 近くに居たヒツジたちから順番にクッキーを食べさせると、いい笑顔でとても嬉しそうに食べてくれる。
 後ろの方に居る子は待ちきれないのか、ぴょこぴょこと飛び跳ねている姿も見えた。
 たかがヒツジと侮るなかれ、可愛らしさではダントツ級だ……牧場の人達やグラノさんが、あんなにデレデレになる気持ちも、ものすごく理解できるな。

 俺の周りに居たヒツジたちみんなにクッキーを食べさせ終えて、しばらく癒されながら遊んでいると、牧場を管理している人たちが少し遠くで話しているのが見えた。
 その表情は険しく、農業用のピッチフォークやシャベルを片手に、森の方を指さして何かの相談をしている。

「何かあったのかな……?」

 不思議に思っていると、そのうちの一人が俺たちに近づいてきて、申し訳なさそうに話を始めた。

「すみません……実は、森の方に狼の獣人が現れたようで……連中、牧場のヒツジたちを狙うんです。念の為にこの子たちを、小屋の方へ入れたいのですが……」

 オオカミ、という単語が出た途端、ヒツジたちは怯えてしまった。
 プルプルと怖がっている姿も可愛すぎるが、今はそんな事を言っている場合じゃないな。
 牧場の小屋は魔法の結界を張る魔道具が設置されているらしく、ヒツジたちと牧場で働く人たち以外は入れないようになっている。
 なので、一旦ヒツジたちを小屋に入れてしまえば、狼獣人たちが襲ってきても、小屋の中にまで入ってヒツジを襲う事は出来ないだろう。
 俺たちは一緒に居たヒツジたちを、急いで小屋へと連れて行く……他の竜王様たちの所にも話がいったようで、向こうからモコモコの群れがこっちの方へと向かってきている。

 しかし、事件は起きてしまった。
 群れから少し離れた所に居たヒツジたちを狙って、草陰の向こうから狼の獣人が飛び出してきたのだ!
 驚いたヒツジたちは一生懸命に走って逃げようとするが、獣人たちの方が足が速い。
 このままではいけないと、俺たちもヒツジたちを助けに走るが、この距離では間に合わないかもしれない……!!
 そして、獣人の一人がヒツジに手を伸ばした瞬間……彼は弧を描いて吹き飛ばされた。
 グラノさんの、お手本のように素晴らしい飛び蹴りによって、ヒツジたちは守られたのだ。
 しかし狼獣人たちも負けてはおらず、すぐにがばっと立ち上がって、グラノさんに向かって叫んだ。

「てめぇ!! 人の狩りの邪魔すんじゃねぇ!!」
「黙れ」

 狼獣人の威勢をもろともしないどころか、聞いた事も無いくらい低く怒気を含んだ声で、グラノさんは言った。

「ただの狼だったなら、野生の動物が生存する為にした行いだったと、まだ許す事ができる。だがお前たちは獣人だな? このヒツジたちが牧場で管理されている事も、牧場で働く者たちと共生している事も理解した上で、狩りを行おうとしたな?」

 元軍人だったというグラノさんの威圧感はすさまじく、三人の狼獣人たちは若干怯んでいる。
 グラノさんの傍に来た地竜王様と地竜達だけでなく、他の竜王様や竜人たちもこの場に来ていた事に気付いたのか、狼獣人たちは捨て台詞を吐いて逃げようとしたのだが。

「ぐえっ」
「ぎゃあっ」
「あぐっ」

 いつの間に回り込んでいたのか、ロドとミディオさんの鉄拳制裁によって、狼獣人たちはあっさり撃沈した。

「あいつら馬鹿だな、竜人から逃げられるわけねーのに」
「今回の件は、どう贔屓目に見ても現行犯ですからね」

 フォトーさんとウォルカさんが呆れながらそう言っている間に、獣人たちはミノムシのようなぐるぐる巻き状態で連行されていく。
 難を逃れて小屋の方へやってきたヒツジたちは、まだ恐怖と不安が残っているのだろう、身を寄せ合いながら小さく震えていた。

「大丈夫だよ、あの狼たちは、もう捕まったからね」
「めぇ……」

 そう言ってヒツジたちを優しく撫でると、一先ずは安心してくれたのか、彼らの震えは少しづつ収まっていった。
 そして牧場の人達が、ヒツジたちに優しく声をかけながら、小屋の方へと誘導する。
 こんな事があったんだし、さすがにこれ以上ヒツジたちを外に出し続けるのは、かえって良くないという判断なのだろう。

「ありがとうございます、これでしばらくは安心です」
「奴らは頻繁に来ていたのか?」
「はい、ここ最近になって現れるようになりまして。今までは狼の嫌う音が出る楽器を鳴らしたり、連中の嫌がる臭いのする薬を牧場の外にまいたり、牧場一の筋肉自慢のオルデンさんの猛ダッシュで追い返したりしていたのですが……こんなにあからさまにヒツジたちを狙ったのは、今回が初めてです」

 牧場のリーダー的な存在と思われる壮年の男性は、風竜王様に最近の状況を説明していた。
 今までは牧場の人達の工夫と、結界の張られた小屋のおかげで事なきを得ていたんだろう。
 でも、今日は年に一度のモフモフ祭りで、ヒツジたちはみんな外に出ていたから……あの狼獣人たちにとっては、絶好の狩りのチャンスでもあったという事か。
 そして、狼たちを猛ダッシュで追い払ったという、牧場一の筋肉自慢のオルデンさんは、奥でヒツジたちをなだめながらも笑顔でナデナデモフモフしている、あの人の事だろう。

「まー、狩り獣人のルール破ってんだし、あいつらはそれなりの罰は受けるだろうな」
「狩り獣人のルール?」

 フォトーさんの言った聞き慣れない言葉に首を傾げると、その獣人ルールというのを俺に教えてくれた。

「肉食とか雑食で狩りをする動物の獣人には、ちゃんと狩りのルールがあるんだ。ここみたいな牧場の動物とか、養殖されてる魚、人が飼ってるペットに手を出したら、暴行とか泥棒と同じになるから犯罪。逆に自然の中で生きてる野生の動物は狩ってもいいけど、調子に乗って必要以上に狩り過ぎたら罪になる事もあるし、適量でも食べる為ならいいけど、遊びで狩るのは絶対にダメだ。それに、野生の動物は人と暮らしてるのより強かったり逃げ足が速かったりするから、返り討ちにあうことだってあるし、危ない場所に誘い込まれて大怪我したり死んじまっても、自分で始めた狩りである以上は全部自己責任。それに獣人なら、無理に狩りをしなくても金を稼げば肉は買えるからな。だから、俺たち獣人の間では、生きるため以外の無意味な狩りはしないって事になってんだ」
「そんなルールがあったんですね」
「ああ、それに本能的に狩りがしたくなっても、獣人向けの動く動物人形とかボールとか使って、疑似的な狩りをしてみんなストレス解消してんだ。一見おもちゃみたいでも、意外と手強かったり素早かったりするから、侮れないんだぜ」

 そういえば、フォトーさんも突然疾走したり高いところに上ったりする事があるけど……あれも狩りと一緒で、獣人の本能からくる行動なのかもな。
 獣人たちの本能の事もだけど、火竜たちが夏にテンションが上がるのも、番の感覚が分かる種族と分からない種族があるとかも、それぞれの種族だからこその本能みたいなものだから……他種族の事をちゃんと理解するのって、難しい事だ。
 だからと言って、それを踏まえた上で作られたルールを破っちゃいけないよな。

「あの狼獣人どもの真意は分からんが……念のために、肉食獣人だけでなく、怪しい人物や動きには注意してくれ。大事になるようなら、すぐに四竜宮に報告をするように」
「かしこまりました」

 風竜王様とリーダー格の人が話し終え、一先ずは落ち着いた頃。
 現場近くに居たグラノさんと地竜王様たちが、襲われそうになったヒツジたちを抱っこしながら、小屋の方へ歩いて来ていた。

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