「無いなぁ」

 ノルスさんに出してもらった大量の書物を読み始めてから、もう二時間ほどが経過していた。
 各国の書物は共通語に翻訳してある複製本だから、読む事自体は苦痛にはならないが、問題は量だ。
 だいぶ読んだけれど、未だに「春告」という種族について書かれたものが見当たらない。
 最初に探したミヅキの国の書物の中から見つからなかったのは、ノルスさん曰く想定内だったそうだ。
 しかし、ミヅキの隣国であるタオファンやトワル、ファルパの書物は三国合わせてミヅキの三倍以上。

 ノルスさんが言うには、失われし一族について書かれたものは、該当する国の隣国から一番多く見つかるのだという。
 それは該当する国では、内乱や人種差別などの良くない理由が多いから隠そうとするけれど、逆に隣国は国防の為に、隣り合う国の情報を残そうとするからという、ある意味皮肉めいた事情が起こりやすいのだそうだ。

 図書館の管理者の一人であるノルスさんや医者であるフラムさんは、普段から本を読むのに慣れているからか、この大量の文字を追っても平気そうにしている。
 しかし俺と同じタイプであろう火竜王様やアルバとロドは、顔に疲れが浮かび始めている。
 俺も疲れてきたし、せめてそろそろ休憩した方がいいんじゃ、と思って声をかけようとした時。

「あっ」

 不意に、ロドが小さく呟いて本を凝視している。
 彼が呼んでいたのはファルパのもので、「失われし者たち ~近隣諸国の民族とその歴史~」という本だ。

「カナデ様、この字じゃなかったですか?」
「どれ?」

 ロドが見つけた本を見せてもらうと、そこには確かにミヅキの文字で「春告」と書かれており、共通語で読み方や意味などが記されていた。
 そこには、「豊穣の力を持つ一族。彼らの歌声や演奏には、植物に活力を与える力が宿る。その様子が春に咲き誇る花々を思わせる事から、「春告」の名で呼ばれるようになった。ミヅキの国では太古より政に関わっていたが、陽門の乱の際に一族は都を追われ、その後を知る者もいなくなった」と、記されている……。

「なるほど……それならカナデの両親は隠れ住んでいたか、あるいはそうと知らずに人々に混ざっていたかだな」
「でも、これでカナデ様の力が悪いものではないと分かりましたね。むしろ豊穣なんて、どの国にも必要とされるものですよ」

 火竜王様とアルバの言葉に同意しつつも、安心する。
 自分の力があからさまに悪いものではなかった事もだし、一族のルーツについて分かった事も大きかったからだ。

「カナデ様も、これで一安心ですな」
「うん、良かった……みんな、つき合わせちゃってごめんなさい」
「なにを言うんだ、このくらいの事は当然だ」
「そうですよ、お気になさらないでください」

 みんなはそう言って気遣ってくれたが、ノルスさんだけは若干呆れ顔だ。

「そうですね、先触れも無くいらして手伝わされたのですから、対価は頂きませんと」
「……俺の番に、何を要求するつもりだ」

 ノルスさんの言う事はもっともだ。
 しかし火竜王様は何かを勘違いしているな……しかし、ノルスさんはこういう状況に慣れてるのか、肩をすくめながら返答した。

「少なくとも、イグニ様の考えているようなやましい事ではありませんよ。私は純粋に、失われし一族の能力を見てみたいだけです」

 確かにやましい事ではなかった。
 だけど、俺の能力を見せると言っても、咲く前か元気がない植物が無いと……。

「裏の作業場に、萎れていたので引っ込めていたプランターがあったはずです。それを使って頂ければと」

 タイミングよく、ちょうどいい植物があったようだ。
 皆で裏の作業場へと向かうと、壊れた本棚や椅子、作業用の道具などが無造作に置かれていた。
 例のプランターは思ったより大きめの物だったが、確かに植えられている花に元気がなく、七割ほどが萎れている。

「ではカナデ、やってみてくれ」
「はい。……あ、しばらくぶりなので、ちゃんとできるかは分かりませんが」
「ああ、構わない」

 俺はプランターに近づくと、ミヅキの国でよく歌われていた童歌を花に聴かせてみる。
 すると、萎れていた花たちは次々に上を向き、黄色がかった葉もみるみる緑色に染まり、小さな花畑が輝きだした。

「おお」
「これはすごいですね」

 この力を使うのは何年振りかだが、どうやら体力や剣術などと違って、多少の間が空いても問題なく使えるようだ。
 そして復活したプランターは、再び図書館前に出される事となった。


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