俺が失われし一族の末裔であった事が公表され、四竜宮だけでなく外部をも賑わせていたある日。
 興味本位で俺に面会を求める王貴族や記者たちを火竜王様が一刀両断し、騒がしかった火竜宮が少し落ち着いた頃に、地竜様とグラノさんがやって来た。
 茶会の後で聞いたのだが、四竜王様は同時にこの世に生まれたけれど、兄弟としての順は番が見つかった順らしい。
 なので最初にグラノさんと出会った地竜王様が長男で、次に水竜王様、風竜王様と続き、最後に俺と出会った火竜王様が末弟というわけだ。
 なので地竜王様は、きっとこの騒動に疲れた末の弟を心配して来てくれたのだろう。
 だが図々しい言い分だったという面会希望者たちに苛立っていた火竜王様は、だいぶ落ち着きはしたけれど、まだ若干の不機嫌さが残っている。

「ガイム、お前たちもカナデの能力目当てか」
「……いや、それはイグニと火竜たちが確認しているだろう。今日はグラノの希望があったからだ」

 俺の能力云々の事を確認しないのは、きっと火竜王様と火竜たちを信頼しているからという事なんだろう。
 でも、グラノさんの希望ってなんだろう? と思っていたら、グラノさん本人から話しかけられた。

「カナデ君は、庭園に温泉を作ってもらったと聞いたんだが」
「はい、ありますよ?」
「よかったら、俺も入らせてはもらえないだろうか? もちろん、他人に使われるのが嫌なら、無理にとは言わない」
「あ、そうなんですね。俺は全然かまいませんよ。むしろ一人で使うのがもったいないと思っていたくらいですし」

 俺がそう言うと、グラノさんは安心したように嬉しそうに笑う。

「ありがとう、たまには温泉に入りたいと思っていたんだ」

 グラノさんとしては、たまには入りたいけど庭園に造るほど毎日じゃなくてもいい、って感じなのかな?
 そういえば、俺も誰かと温泉に入るのは久しぶりだな。

「……ガイム、お前も入るつもりじゃないだろうな?」
「……入っていいのか」
「よくない!!」

 地竜王様の問いに、火竜王様は即答で拒否した。
 火竜王様にとっては、番同士ならいいけど他の竜王様が一緒なのは駄目……って事なのか? あんまり変わらん気もするが。
 結局、俺とグラノさんは火竜王様と若干名残惜しそうな地竜王様に見送られ、二人で温泉に入る事となった。

 全身を洗ってから髪を留め、グラノさんと並んで湯船に入る。
 最近はいろいろと慌ただしかったから、温泉でゆっくりするのも久しぶりだな。

「このところは、大変だっただろう?」
「はい、いろいろありまして……」
「火竜宮での事は、他の宮にも話が届いているよ。君には直接会わせないようにしていたようだが、面会希望者の連中はろくでもないのが多かったからね」
「やっぱりそうなんですね……俺も出たほうがいいか聞いたら、火竜宮の全員に止められちゃって」
「そうだろうね。興味本位でしかない癖に、王貴族は高圧的で記者は不躾だった。中には、君に私怨がある者もいたようだしな」
「え、俺、何かしましたか……?」
「いや、君は何もしていない。四竜王様との繋がりが持ちたかったのに、番になれなかった王貴族共のただの言いがかりだ。それに関しては、俺たちの時にもあった事だよ」

 グラノさんは、自分やウォルカさん、フォトーさんの時に起きた宮での事を教えてくれた。
 その事を起こしたほとんどが番を理解している竜人や獣人、四竜宮の内部ではなく、外部の人間、しかも他国の者も多いのだそうだ。

 まずグラノさんの時は、初めての四竜王様の番様であった事から、軍人だったグラノさんを下賤だとか野蛮だとか一兵卒のくせにとか、身分に関しての事で悪く言う者が多々いたのだそうだ。
 しかも、命をかけて守っていた祖国の人々からも、国を出なければならなくなった事で、裏切者扱いされてしまったという。

 続いてウォルカさんは公爵家の生まれではあったけれど、家族に虐待され社交界でもありもしない不名誉な噂を流され、孤立していた。
 それで番様に相応しくないとかの理由で、水竜王様に気付かれる前にウォルカさんを暗殺し、代わりに腹違いの弟を水竜王様の番様に仕立て上げようとまでしたそうだ。
 その一連の事件に水竜王様は激怒し、ウォルカさんを保護して事件に関わった全員を極刑に処したという。

 獣人のフォトーさんは、番を理解する仲間達からの因縁は無く、むしろ祝福されて風竜宮へとやってきた。
 だが獣人をよく思わない一部の人族からの当たりが強く、フォトーさんが来てしばらくの間は、風竜宮に抗議の手紙が送られていた。
 その内容は、家畜と変わらない獣人を付け上がらせるな、低俗で下品な獣人が番様のはずがない、という人種差別的な酷いものだったらしい。
 もちろん手紙は風竜王様が握りつぶしているから、フォトーさんはその事を知らないようだ。

 そして、ここ数日の事をグラノさんに聞いたのだが……俺の時もなかなかのようだ。
 グラノさんは、君にとっては不快な内容でしかない、と前置きはしてくれたが、それでも聞いておきたいと頼んだ。
 俺の場合は、失われし一族である事が化物、あるいはそれ自体が嘘である嘘吐き、元孤児の旅人であった事が下等だと言われているようだ。

 しかし、今回の火竜王様の一刀両断のように、過去の時もそれぞれの竜王様が対処をし、食い下がる者には相応の処罰を与えたという。
 彼らの言い分が正当な理由ならまだしも、ほとんどが他者を見下したり人種差別のような内容である事から、度を越してしつこい奴が法的な処罰を受けるのも当然だ。
 それに、そういう事をしてくるのは決まって他国の王貴族かゴシップ目当ての記者、あるいは思想が偏った連中ばかり。
 竜人や獣人、人族の一般市民は逆に、迷惑行為に悩まされている不憫な番様の味方が多いのだという。
 そもそも、国防から生活に至るまでの恩恵を、番様の技術や知識や趣味からも受けているのだから、そう感じるのは自然な流れだろう。

 グラノさんは、そういう連中は時間が経てば居なくなっていったと言う。
 竜王様たちが暗黒微笑で黙らせたというのもあるが、番の事は騒いだところでどうにもできないと大半の人が分かってはいるから、連中に付き合う者も減っていくのだそうだ。

 グラノさんは、今はまだ騒がしいが、じきに平穏な日々が戻るから、と、俺を慰めてくれた。
 その優しい言葉に、なんだか安心するような、温かい気持ちを覚え、張りつめていた気持ちが少し緩んだ気がした。


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