火竜王様の正論一刀両断の後、火竜宮はだいぶ静かになってきた。
 血の気の多い火竜王様や火竜たちが不躾な連中を圧で黙らせた、というのもあるようだが、どうやら他の竜王様たちも火竜王様をなだめに来つつ、面会希望者を強く牽制していたようだ。
 面会者の中には、俺の事を言うかと思いきや他の番様の時の事を掘り返してくる者もいたらしく、それがただでさえ不機嫌な他の竜王様たちの逆鱗に触れたのだろう。

 結局、収拾がつかないという理由で、火竜王様との面会は一対一でのみ許可された……が、あの人の灼熱の圧に耐えれる者はいなかったのか、王貴族や記者の面会希望者はやって来なくなった。
 他の竜王様も、時折来る勘違い面会者には手を煩わせていたようで、自分たちもその手でいこうと話していたらしい。
 もちろんどの竜王様も、本当にまともな相談をしたい者や助けを求める者に対して、威圧したりはしないだろう。

 そして俺はと言うと、相変わらずの温泉と自室の行き来の火竜宮内での生活だが、最近では中枢の図書館にも足を延ばすようになった。
 面会者騒動も収まりきってなかったから、アルバかロドと一緒に行く事と、先触れを出してノルスさんのいる入館制限のある書庫への立ち入りのみ、という条件ではあったが。

 俺は自分の出自が分かってから、植物に対しての興味が出てきたのだ。
 今までは誰でも知っている程度の知識しかなかったけど、いろいろと調べていると植物も奥が深く、面白いものだと分かった。
 例えば、花と一口に言っても何千種類を超えるし、同じユリ科であっても色や形などの特徴が全然違う。
 同様に、同じ種類の野菜でも甘味や触感が違う、まったく同じ品種でも育て方や場所によって変わるなど、とにかくいろいろあるのだ。

「本で知るのもいいけど……やっぱり、実物にも触れたいな」

 暖かい日差しの差し込む自室で、よく晴れた窓の外を見ながら呟く。
 次の施設造りを大工たちがソワソワしながら待っているとアルバが言っていたし、火竜王様に温室と菜園造りを相談してみようか。

「カナデ、一緒に茶を飲まないか」
「はい」

 軽いノックの音の後、タイミングよく火竜王様がやってきた。
 飲まないか、と誘っているわりに、すでにロドがティーセットを用意しているあたりは用意周到だな。
 火竜王様は俺の目の前に座り、ロドが温かい紅茶を注いでくれると、ふわりといい香りが漂った。
 上等品のカップに口をつけ、一息ついて話を切り出す。

「あの、庭園の事なんですが」
「何か建てたいのか?」
「はい、小さな温室と菜園が欲しくて」
「小さいのでいいのか? 大農園だって造れるぞ?」
「いえ、あんまり大きくしてしまうと、俺の手が回らなくなりそうですので」
「……カナデ、まさか自分で手入れするつもりか?」
「え? はい、そのつもりですけど……?」

 俺の返事を聞いた火竜王様は、難しい表情になった。
 俺が不思議に思っていたら、ロドが番様の庭園の管理事情を教えてくれた。
 なんでも、番様の庭園の管理はぞれぞれの竜人がやる事になっていて、掃除や道具の片付けはもちろん、設備や家屋の点検から観葉植物の世話まで、全て竜人たちの仕事なのだそうだ。
 なので今回の場合は、何を植えるかは俺が選んで、肝心の植物の世話は竜人たちがするもの、と思われたのだろう。

「えーと……俺、自分の素性が分かってから、植物に興味が出てきたんです。それで、どんなものがどんなふうに育つかとか、自分の目と手で見守りたくて。……ダメですか?」
「いや、駄目というわけではないが……土仕事だろう? 大変な事だぞ」
「もちろん、いきなりたくさん植えたりしませんし、無理はしないつもりです」
「ふむ……」

 火竜王様は少し考えてから、少し困ったように言った。

「分かった。だが、いくつか約束してくれるか?」
「約束ですか?」
「まず、万一の時の為に、必ずアルバかロドを連れていく事。次に、違法な種や危険性のある種は植えない事。それから、怪我をしないよう、十分気をつける事」

 ちょっと過保護な気もするけれど、アルバやロドは普段から俺の近くに居てくれることが多いし、危ない植物を植えるつもりは元々ない。
 最後のは、きっと土仕事に慣れない俺の事を気遣ってくれたんだろうな。

「分かりました。ありがとうございます、火りゅ……」

 いつものように呼ぼうとして、いったん留まった。
 こんなに良くして大事にしてもらってるんだ、俺もいつまでも他人行儀な呼び方じゃダメだよな。

「……イグニ様」
「!!」

 俺が微笑みながらそう言うと、イグニ様はびっくりする速さでこっちに近づき、俺をがっしり抱きしめる。
 以前の茶会のグラノさんにされた時のようにむぎゅっとなったが、それでもどことなく心地いいのは、イグニ様の幸せオーラが大放出されているからだろうか。


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