風は弱く空は晴天、鳥のさえずりが遠くから聞こえる、穏やかな日。
 今日は中枢に商団がやってくる日だ。

 商団の荷物と人員は、中枢に入る前に竜人たちによる厳しいチェックが入るから、気兼ねなく楽しんで大丈夫だと聞いた。
 それに今日は、俺たちにとっても、いつもと違って特別なのだ。
 いつも俺とイグニ様のそばに居てくれるアルバとロドが、休暇を取ってこの市場で、デートを楽しんでいる。
 そのため、俺もイグニ様と二人きりで回る事になったのだ。
 昨日アルバに「お邪魔虫は居ませんから、楽しんでくださいね」なんて言われたけど……これはもしかしなくても、俺たちもデートをするという事になっているんだろうか。

 なんとなく落ち着かない気持ちでイグニ様の後をついて行くと、中枢の広場が見えてくる。
 そこには所狭しと並んだすごい数の屋台に、四竜宮や中枢で働く大勢の人々の姿が。
 ここからパッと見ただけでも、服や装飾、食器や文具、グルメや魔法関連の店があるのが分かる。
 イグニ様は目移りしている俺の手を取り、花屋のある方へと真っ直ぐ進んでいく。
 あんまりキョロキョロしてたから、迷子になると思われてしまったのかな。

「今日は皆、買い物を楽しむ日だ。カナデも好きなものを買うといい」
「はい……あ、でも、お金が……」

 今更になって気づいたが、お金はどうすればいいんだろう。
 手ぶらでいいと言われたから素直に何も持たずに来たが、欲しいものがあっても、先立つものが無ければ買い物もできないんだし……。

「それなら心配いらない。むしろ湯水のように使ってくれ」
「え? どういう事ですか?」
「四竜宮には、竜王の番の為の予算がある。俺達の番がいつ現れてもいいように、同時に宮に入ってから不便をさせない為にと、毎年割り振っているからな。カナデの為の予算は、俺が王になった大昔からずっと貯めていたから、予算用の大金庫だけでなく、番専用の倉庫の第一から第五倉庫、宮の空き部屋十室にまで君の為の予算用の金が溢れているんだ。だがあまりに多くなってしまったから、番を探す為の費用や君の望んだ設備の建築費として、少し使わせてもらったが……それでも、空き部屋一室に詰め込まれていた分が若干減った程度だから、心配しなくていい」
「す、すごいですね……」
「なにせ数千年単位で貯めていたからな。それに、番の予算を番本人と伴侶である竜王以外が使えば、極刑ほどではないが重罪にはなる。だから君がどんどん使って消費してくれた方が、ロンザバルエの経済も回るというわけだ。五百年ほど前の獣王の番のように、大量のドレスだ宝石だ、ほぼ毎日のパーティーに専用ハーレムだと一国を傾けるくらいの散財をしても、まだまだ大丈夫なくらい残ってるぞ? まあ、ハーレムは造らせはしないが」
「そ、そこまではちょっと」
「ははは。だが、そうだな……花屋を見たら、服と装飾も買いに行こう。生活雑貨も好みのもので揃えるといい。旅人だった君はあまり物に執着しないようだが、正装と外着が一枚づつ、部屋着が二枚では、さすがにクローゼットが寂しいだろう」

 イグニ様はそう言うが、俺としては凄すぎる金銭感覚についていけない。
 でも、土いじりをするのに正装や部屋着は使えないし、菜園用の作業着は欲しいかな。
 そんな事を考えてたら、色とりどりの綺麗な花が溢れるくらいに売られている、花屋の荷台が見えてきた。

「いらっしゃいませ、火竜王様、番様。お手紙は拝読いたしました、ありがとうございます」
「頼んでおいたものはあるか?」
「はい、これからの時期に合わせたものを、いくつかご用意させて頂きました」

 花屋の店主は、優しそうな雰囲気のご主人だ。
 荷台の奥の方から花の絵のついた種袋と、ぴょこんと可愛い芽を出す苗を、いくつか持ってきてくれる。

「お花でしたら、マリーゴールドやミニひまわり、サルビアなどがおすすめですよ。お野菜なら、トマトやトウモロコシは如何でしょう」

 花を育てて鑑賞するのもいいけれど、野菜を作って食べるのも違った楽しみ方が出来そうだ。
 多分、夏の花や作物の中で、初心者でも作りやすいものを選んでくれたんだろう。

「それから、よろしければこちらを」
「本ですか?」
「はい、花や作物の育て方に虫や病気の対処法が、絵付きで紹介されているものです」

 中を少し見せてもらうと、種を植える深さや間隔、苗を支える支柱の差し方が図で説明されていて、確かにとても分かりやすい。

「じゃあ、この本と……この種と苗もください」
「現物は火竜宮へ送ってくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます」

 イグニ様は俺用の予算と思われる金貨を数枚、ご主人に支払っている。
 確かにいくつか買ったとはいえ、そこまで高いものではない気もするけど……?
 不思議に思いつつ花屋を離れると、その理由をイグニ様が教えてくれた。

「カナデ、この市場は品評会でもあるという話をしただろう?」
「はい、聞きました」
「宮や中枢で働く者たちには通常の値段での売買だが、我々四竜王と番の購入するものは、同じものでも相場より高く買うことがあるんだ。それは我々が認めた品だという証明であると同時に、商品に箔をつけるという意味にもなる。実際、我々が買ったという謳い文句で、その商品の売り上げを伸ばしている店が大半だからな」
「謳い文句、ですか?」
「ああ。例をあげれば去年だったか、フォトーがいたく気に入ったカレーパンに、相場の五倍の金を出したことがあってな。竜王や番が相場以上の支払いをした場合は、その商品に我々のお墨付きであると表記する事が許されている。その店のカレーパンは、今でも都で大人気の商品になったんだ」
「なるほど……一種の宣伝効果というやつですね」
「ああ。今回はこちらから花屋に種と苗を用意するように先触れを出していた事もあったし、気を利かせて本まで用意してくれたからな。サービス料と手数料も込みの値段だ」

 なるほど、そういう細かい所も含めて、ちゃんと支払うというわけか。
 それにこのロンザバルエでは、竜王様と番様の影響力は誰よりも大きいだろう。
 そんな人たちに認められた商品となれば、一度は手を出してみたくなるという気持ちも分かる。
 カレーパンの相場の売値だったら、普通の市民でも一個くらいは普通に買える値段だろうし。
 でもそれって、逆に変な商品をお墨付きにしてしまったら、国民たちに俺の趣味が悪いと思われるんじゃ……。

「もし、買ってみたけど味がいまいちだった、みたいな時はどうするんですか?」
「その時は通常の値段で支払えばいいだけだ。全てをお墨付きにする必要は無いから、本当に気に入ったものだけを高く買えばいい」
「そういう感じなんですね」

 なんとなく分かってきたのはいいが、それでも変なものを高く買わないように気をつけないと。
 なんせ旅してた時は物を増やせないのもあって、食べるもの以外には無頓着だったからなあ。
 ……さすがにこの中枢で、謎の壺や変な像を押し売りしてくるような商人は、居ないと信じたい。


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