あの後、花屋から直行で服屋へ行き、主に俺の服を何着か買ってもらった。
 俺は作業着だけでよかったんだけど、イグニ様と服屋の奥さんの調子に乗せられてしまい、着せ替え人形状態で着替えさせられまくったのが、さっきの事。
 着やすいチュニックからしっかりとした燕尾服、もこもこの部屋着に北の国の民族衣装まで……さすがにドレスやメイド服のような、女性の衣裳だけは断固拒否したが。
 しかも俺がというよりは、イグニ様の方がどの服も気に入ってしまったようで、着たもの全てを購入してしまったのだ。

 服屋を後にし、小腹が空いた俺たちは、いろんなグルメの店が集まっているエリアへと足を運ぶ。
 こちらは店の前にいくつものテーブルと机があり、料理を注文して受け取ったら、空いている所に座って食べればいいようだ。
 こちらでは調理器具や材料も置いているからか、花屋や服屋と比べると大きい屋台ばかり。

 それに昼食時という時間的な事もあって、周囲には見知った顔が多い。
 スイーツ専門店の前では、フォトーさんが風竜王様に見守られながら、バケツのような巨大パフェを食べていた。
 バーガーショップの方にはアルバとロドが居るし、隣のパスタ専門店には水竜王様とウォルカさんの姿がある。
 串焼きの店のそばにはフラムさんが座っていて、フレッシュジュースの店の所にはノルスさんが。

「カナデ、昼食には何が食べたい?」
「えっと……」

 イグニ様に訊ねられ、俺は辺りを見回す。
 料理の専門店として出店しているのは、みんなが居た店の他に、パンとサンドイッチの店、スープ専門店、肉料理専門店、魚介料理専門店、そしてカフェにワインとビール専門店……。

「あっ」

 所狭しと並ぶ屋台の列の端っこに、しっかりと見つけてしまった……「おにぎり」の文字を!
 俺はその屋台の方にいそいそと移動し、店の様子を見る。
 なんという事だ……なんという事だ! 俺の大好きなおにぎりじゃないか!! そんなまさか、おかかがあるだと!?

「カナデ? これが食べたいのか? よく分からん料理だが……」

 イグニ様は不思議そうに俺に訊ねた。
 ミズキと距離のあるロンザバルエや周辺国には、ミズキの料理もあんまり浸透してないんだっけ。
 俺達は当たり前のように食べてたけど……そういえばイグニ様は、こないだ緑茶を吹きだしてたもんな。

「はい、ミズキの料理なんです。美味しいんですよ」
「……苦いのか?」
「え」

 イグニ様は、あの時の緑茶をまだ引きずっているんだろうか。
 でもおにぎりなら、しょっぱい事はあっても苦いものは無いはずだ。

「大丈夫ですよ。俺、おかかが好きなんです」
「おかか」
「えっと、削った鰹節を醤油で和えた具なんですけど」
「かつおぶし? しょうゆ?」
「えーと……乾燥させた魚の削り身と、調味料です」

 これは本当に浸透していないんだな。
 だからこのおにぎりの店も、閑古鳥が鳴いている状態なのか。
 火竜宮の場合は、アルバが俺の為にとミズキまで飛んでくれて、緑茶や甘味を買ってきてくれるから、火竜たちはミズキの食べ物を少しだけ知っている。
 そういえばアルバが買ってきてくれた金平糖も、結果的にイグニ様のお気に入りになったんだっけ。
 「綺麗なのがありましたよー!」なんて目を輝かせながら、俺の所に金平糖を持ってきたアルバは、なんだか可愛かったな。

「イグニ様、俺、おかかと昆布のおにぎりがいいです」
「ふむ……そうだな、カナデの故郷の味なら、俺も試してみよう。……苦くないのなら」
「大丈夫ですって」

 苦さの心配を引きずるイグニ様と一緒に、おにぎりの店へと進んでいく。
 すると俺たちを見つけた店のご主人は、しょんぼり顔から一変、ものすごく嬉しそうに笑って言う。

「いらっしゃいませ! お待ちしておりました、奏様!!」
「え? 待ってたって……?」
「いやあ、このロンザバルエで普通におにぎりを食べてくださる方は、貴方しかいらっしゃらないと思いまして。ほら、ここいらでミズキの料理は浸透していないから、理解もされにくいでしょう? 今日お会いできなかったら、泣く泣く国に帰る所でしたよ」

 確かに、さっきのイグニ様の様子からしてもそうだった。
 俺達には普通に料理に見えるものでも、イグニ様達からしたら、謎の白黒の物体といったところか。

「ささ、どれになさいますか?」
「俺はおかかと昆布を。イグニ様は……」
「俺はどういうものか分からんから、カナデが選んでくれ」
「はい、それじゃあ……鮭と牛すきと、焼きおにぎりを」
「ありがとうございます!!」

 おにぎり屋の主人は、なんとも嬉しそうにおにぎりを出している……どうやらこの地で、結構な苦境を味わったみたいだ。
 イグニ様は初めてという事で、人気の高い鮭と彼の好物の牛肉入り、そして醤油を知ってもらう為に焼きおにぎりにしてみた。
 今にも踊りだしそうな主人からおにぎりを受け取り、近くのテーブルに座ってさっそく食べる。

「……おいしい! この味、懐かしいなあ」
「これは、そのまま食べればいいのか?」
「はい、かぶりついてください。黒い部分も海苔という食品なので、全部食べれますよ」

 初めてのおにぎりに戸惑い気味のイグニ様の様子を見守りつつ、彼の反応を楽しみに待つ。
 最初に選んだのは牛すき、それを一口たべると……。

「……なんだこれは」
「イグニ様?」
「なんだこれは!? こんな新感覚のもの、食べた事が無いぞ!? 黒いものはパリパリしているのに、白いものはもっちりとして、中に入っている味付きの具も美味い! カナデ、なんなのだこれは!?」
「これがおにぎりですよ」
「そうか、これがおにぎり! こちらのものは……中に魚が入っているのか! 塩加減と魚の旨味が絶妙に白いものとマッチしている!」
「鮭のおにぎりは、ミズキでも人気があるんですよ」
「なるほど、これならば納得だ! そしてこれは……なんだ、この香ばしい風味は! 中には何もないが、この風味と味だけで十二分に満足できるという不思議!!」
「おにぎりの表面に醤油などを塗って焼いた、焼きおにぎりです」
「これが醤油というものなのか! なんと美味い……これは全てを制覇しなければ!!」
「い、イグニ様?」

 イグニ様はそう言いながら、すごい速さでおにぎり屋に向かい、全種類のおにぎりを買って満面の笑みで戻ってきた。
 どうやらイグニ様の中で、おにぎりは革命的な存在になったようだ。
 テンションが上がったまま相場以上の額を出したのだろう、おにぎり屋の主人が、涙ながらに俺たちを拝んでいる。

 でも、自分の好きなものをこんなにも気に入ってもらえるのは、やっぱり嬉しい気持ちになる。
 これからも、こんな風に互いの好きなものを共有できたら、きっと楽しいだろうな。


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