「……というわけだから、鱗をくれ」
「あー、確かに夏の火竜宮は、灼熱地獄だからなあ」

 俺はアルバ達の話が終わってすぐ、水竜宮のヴィダの元を訪れていた。

「そんなに暑いか?」
「イグニも部下たちも火竜だから、暑さに強くて当たり前だろ? 逆に聞くが、冬場の水竜宮をどう思う?」
「極寒の地だな」
「そう、それと同じような事だよ」
「ふむ……」

 冬の水竜宮は、ただでさえ寒い季節を煽るかのように、温度がものすごく低くなる。
 雪やみぞれなんて可愛いものではない、氷塊が積もるという意味の分からん状態の時も少なくないのだ。

「ま、うちもウォルカが来た時にイグニの鱗を貰ったおかげで、事なきを得ているからね。カナデ君の為なら、鱗の一つや二つ構わないけど……」
「……なんだ?」
「いや、あの子はそういうタイプではないと思うけど、念のためにね。カナデ君が、イグニ以外の竜人の鱗をお守りにするの、抵抗はないのかと思って」

 そうだ、慌てて来たから、カナデの意見を聞いていなかった。
 ヴィダの言うように、カナデはそういう事を気にする方ではないと、俺も思う。
 だが、もしカナデに譲れないこだわりがあって、それがお守りに関する事であったら、揉めてしまうかもしれないな……。

「もし身につけるのを拒むようなら、あの子の近くに置いておくといい。それだけでも効果はあるから。……ただ、イグニ。先に忠告しておいてやろう」
「忠告?」
「自分の最愛の番の身を守る為と、分かっていても……自分以外の竜人の鱗で幸せそうにぬくぬくしている姿を見るのは、ジェラシーが半端ないぞ」
「そ、そうなのか」

 ヴィダは今までの分の嫉妬を込めたかのような眼差しで、俺にさい先不安な忠告をしてきた。
 俺からしたら、カナデがヴィダの鱗で、ひんやり気持ちよく涼んでいる姿を見るという状況になるわけで……いかん、想像しただけでジェラっときた。

「まーでも、これでおあいこみたいなものだからね。優しい兄さんは、今までのジェラシーを水に流してあげよう。水竜だけに!」
「分かった分かった」
「……イグニったら、火竜のくせに冷たいー」

 ヴィダのドヤ顔の寒いギャグを適当に聞き流し、鱗を貰って火竜宮へと戻る。
 すると畑仕事を終えて汗を流してきたのか、湯上りポカポカ状態のカナデに会う。

「カナデ、温泉に入っていたのか?」
「はい。この季節はお風呂上りも、少し暑いですね」

 少し困ったように笑うカナデは、その表情に湯上りという状況も加わって、かなり色っぽいというか襲いたいというか。
 だが、さすがにそんな事をしたら、嫌われるコース一直線だ……今まで大切に築いてきた信頼を、そんな事で水の泡にしてしまうわけにはいかない。
 俺の中に湧き出る欲望を理性で叩きのめしつつ、カナデにヴィダの鱗を渡す。

「カナデ、これを」
「わ、涼しい……これって、鱗ですか? イグニ様のものではないみたいですけど……」
「ああ、ヴィダから貰ってきたんだ。火竜宮は夏になると、他の宮に比べて暑くなる。我々火竜は暑ければ暑いほどテンションが上がるが、人族であるカナデに暑すぎる環境は命の危険になると、アルバとフラムが進言してくれてな。人族に暑すぎたり寒すぎる環境は良くないとは知っていたんだが、まさかあそこまで低い温度でないといけないとは思わなかったんだ」
「低い温度、ですか?」
「気温が四十度近くなると、人族は命の危険があると」
「四十度!? そんなに暑くなるんですか!?」
「いや、夏場の火竜宮は、五十度近くになっていたようだ」

 俺の言葉を聞いたカナデは、絶句して目を見開いていた……こんなに驚いた表情も、やはり可愛い。
 しかし、当のカナデにとっては、やはり地獄のような暑さという事なのだろう。

「夏の間は、ヴィダの鱗を持っていてくれ。もちろん部下たちにも注意してはおくが、万が一という事もある。だが、水竜王であるヴィダの鱗の力が、火や熱からカナデを守ってくれるから、最悪の事態は免れるはずだ」
「分かりました。でも……」
「どうしたんだ?」
「あ、いえ……俺が水竜王様の鱗を持って過ごす事を、ウォルカさんが気に病まないといいんですが……」
「ああ、それなら大丈夫だ。ウォルカは俺の鱗を持っているからな」
「そうなんですか?」
「水竜宮は火竜宮と逆で、冬場は極寒の地となるんだ。だからウォルカが凍え死んでしまわぬようにと、俺の鱗を渡してある」
「そうなんですね。じゃあよかった、夏は水竜王様の鱗を使わせてもらって、冬はイグニ様にくっついていれば快適ってことですね」
「……カナデ? 今、なんと言った?」
「え? ……あっ」

 カナデは自分の言った事を思い出して、みるみる顔を赤くしていった。
 夏はともかく、冬は俺とくっついていればいい、なんて。
 俺としては三百六十五日二十四時間、カナデにくっついていてほしいものだが、さすがにそれが無理だという事は分かっている。
 だがこれは、冬になればカナデの方からくっつきに来てくれる可能性がある、という事だ。

「あ、あの、イグニ様。今のは誤解といいますか……」
「カナデ」
「は、はい」
「俺は君限定でなら、年中無休で開放中だぞ?」
「な、何を言ってるんですか……」

 カナデは赤くなりつつ困ったように返答し、そのまま恥ずかしそうに俯いてしまった。
 うん、こんなに愛らしいカナデの、専用湯たんぽになるというのも悪くないな。
 まだ秋どころか夏すら過ぎていないというのに、これほど冬が待ち遠しくなるとは。

 だが、その時は忘れていたヴィダの忠告が、見事に的中する。
 あいつの鱗で気持ちよさそうにしているカナデを見るたびに、次々と湧き出るほどのジェラシーを感じる夏が来る事を、この時の俺はまだ知らなかったのだ。


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