イグニ様が言っていたとおり、火竜宮の夏はあちらこちらに熱気が漂っていた。
 火竜たちは夏になるとテンションが上がるという話だが、確かにステップを踏みつつ見回りをしている兵や、鼻歌を歌いながら掃除をする使用人もいたし、庭師に至っては回転しつつ芝刈りをしていたくらいだ。
 俺の部屋や食堂、温泉や菜園の近くでは抑えてくれているようだが……新参者の俺に気を遣わせてしまうのは、ちょっと悪い気もする。

 だからと言って丸焼きになりたいわけではないから、水竜王様の鱗をちゃんと身につけておかないとな。
 近くに置いておくだけでもいいという話だったので、寝る時はベッドのサイドテーブルの上に、温泉に入る時は桶に入れて湯船の近くまで持ってきている。
 なくさないようにと紐をつけてもらったから、普段は首からかけて、服の中に入れているのだが……。
 その事が気になるのか、一緒にお茶をしているイグニ様が、時々すごい表情になっている。
 俺がイグニ様の方を向いている時は、いつもの優しい表情なんだけど……俺が少し目を離したりすると、ものすごく腑に落ちないという顔になっているのだ。

「……イグニ様?」
「ん、ああ、すまない。どうした?」
「いえ、イグニ様の百面相が凄かったので」
「百面相……」
「具合が悪いんですか?」
「いや、そんな事は無い。むしろ夏のおかげで、普段より元気ではあるが……」

 そう言いつつ、俺を……いや、俺の胸元を見ている。

「水竜王様の鱗なら、ちゃんと持っていますよ?」
「ああ、それは分かるんだが……何故服の中に入れているんだ?」
「どこかで引っ掛けて、落としてしまったらいけないと思って」
「そうか……」

 イグニ様は納得しつつも腑に落ちないという、なんとも難しい表情だ。
 これはきっと、番の感覚が分かるからなんだろう。
 もし逆の立場だったらと想像しても、俺は別に腑に落ちなくはない。
 むしろ、身を守るものであるなら、絶対に持っておいてほしいと思うくらいだ。

 だけどイグニ様にとっては、持っておいてほしいと思いつつも、それが他の竜王様の鱗という事実が、ジェラシーの元になってしまっているのだろう。
 しかし、ここでイグニ様に気を使って、俺が丸焼きになってはなんの意味もない。
 それならいっその事……。

「あの、イグニ様。落ち着かないみたいですし、夏の間は会うのを控えましょうか?」
「それは駄目だ」
「でも、すごく気にしてますよね?」
「カナデに会えなくなるくらいなら、嫉妬の炎に焼かれて死んだ方がマシだ」
「そんなに」

 これはちょっと、いろんな意味で重症かもしれない。
 というか、火竜なのに炎に焼かれて死ぬなんて……比喩表現だとは思うけど、そこまで思い詰めてるってことなのか?
 でも、俺も物理的に焼かれたくはないし……どうしたらいいんだろう。

「うーん……あ、そうだ」

 俺は妙案を思いつき、首から下げていた鱗を取り出して、机の上に置く。

「じゃあ、イグニ様と会う時は、こうやって近くに置いておくのはどうでしょう」
「ああ、それなら……うーん……まぁ……だが……うん……大丈夫だ……と思う」

 かなり煮え切らない様子だが、さっきの百面相よりはマシのようだ。
 あとは、俺が鱗を置き忘れたりしないように気をつけないとな。

「でも不思議ですね、置いておくだけでもこんなに効果があるなんて」
「ああ、それはカナデにしか効かないぞ」
「え? そうなんですか?」
「竜王の鱗に宿っている力は、持ち主にのみ効果があるんだ。番を守るという本能の延長線だと言われている。鱗自体に意思はないが、宿っている魔力が持ち主の魔力に触れる事で刺激を受け、相手を番だと誤認してしまい、保護本能が発動するという説が有力だ」
「なるほど……あれ? でも、俺より先にイグニ様が触れてますよね?」
「竜王同士だと反応しない。属性こそ違うが、我々の大元の魔力と魂は、四人とも同じだからな」

 そういえばそうだった。
 でも、違う竜王様の鱗に対してのジェラシーは感じるのか。
 本能とか魂の繋がりとは言うけれど、やっぱり番の感覚というのは不思議すぎるものだ。



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