四竜宮だけでなく、都全体が賑わしく感じる今日は、文化記念祭の日だ。
 楽しそうな雰囲気の大通りを練り歩きたいけれど、竜王様とその番様は、市中のイベントに参加する事は出来ないのだ。
 騒ぎになるのもよくないし、良からぬ事を企む輩の悪巧みに巻き込まれてもいけない。
 それに、市民たちが楽しんでいる所に俺たちが割って入ったら、せっかくのイベントに水を差してしまうだろう。
 なので俺たちが参加できるのは、最後に行われる演劇を、ホールの特別室から楽しむ事だけだ。

 しかし、それだけではあんまりでは、という意見もあった事から、竜王様は番様と一緒にそれぞれの宮で、ちょっとした芸術を楽しむのが恒例となったそうだ。
 といっても、半日くらいで終わる規模の彫刻や木工、絵画や刺繍、リース作りなどを体験する事になっている。
 なので、俺もイグニ様と一緒に、小さなキャンバスに絵を描いている。
 テーマは動物だが、俺は師匠の影響もあってか、何故かだいたいの絵が丸くなってしまうな……。

「カナデの絵は愛らしいな」
「そうですか? なんでか、いつも丸くなりがちで」
「良いではないか、触り心地のよさそうな小鳥だ」

 確かに、俺の描いた小鳥はプニプニしていそうだ。
 ……いやでも、これは鳥なのに飛べないんじゃないか?

「イグニ様の絵は……」
「なかなかうまく描けたぞ」

 そう言いつつ自信ありげに見せてきたのは、激しめのタッチで原色もバッチリ使った、大鹿の絵だ。
 特徴を掴んでいつつも、かなり味のある作風は現代アートっぽくも見える。

「完成したら、両方とも展示室に飾るとしよう」
「展示室ですか?」
「ああ、今回の催しのように、竜王が何かを作った場合、その作品に魔力がこもってしまう事があるんだ。だから、宮の中の展示室に保管して、悪用されないようにしている」
「ん? それなら、イグニ様の絵だけでいいんじゃ?」
「俺が愛でたいから、カナデの絵も飾るぞ。兄弟たちもそうしているしな」
「そ、そうですか」

 この丸い小鳥が飾られるのは、ちょっと恥ずかしいけど……。
 でも、宮に出入りするのは火竜ばかりだし、たまに来る商人たちも展示室に行く事は無いだろうから、まあいいか。
 それから俺たちはそれぞれの絵を仕上げて、乾かしている間に昼食をとる事にする。

「今日はロージェンが休みをとっているから、昼食は取り寄せたぞ」
「そうなんですね……あっ! あれは!!」
「ふふ、驚いたかい?」

 食堂に用意されていたのは、綺麗に並べられたたくさんのおにぎりと、玉子焼きに味噌汁だった。

「あのおにぎり屋の主人に注文したら、玉子のおかずとスープも是非にと言われてな。どちらもミズキの料理だろう?」
「はい、玉子焼きも味噌汁も、美味しいですよ」

 いそいそと席に着くと、ふわりと漂う味噌の香りに、なんとも言えない懐かしさを感じる。
 玉子焼きもまだ湯気が出てるし、美味しい出来立てのようだ。

「……ふむ、この玉子のおかずは優しい味で美味いな。スープは不思議な味だがこちらも美味い」

 イグニ様は、初めてのミズキ料理を躊躇なく口に運んでいる。
 金平糖やおにぎりの事もあったから、ミズキ料理に慣れてきたのかもしれないな。 
 俺も久しぶりの味噌汁を堪能する……赤味噌か、うん美味い。
 こちらも久々の玉子焼きも絶品だし、おにぎりも相変わらずの美味しさだ。

 昼食を堪能し、しばらく休んだ後にグラノさん直伝のストレッチで、軽く腹ごなしをする。
 この前、偶然グラノさんと会った時にプニプニ問題を相談したのだが、いきなり激しい運動から始めるのは体によくないらしく、まずは体幹ストレッチや軽めのウォーキングなどで体力をつけていき、慣れてきたら運動メニューを増やしていくのがいいそうだ。
 
「カナデ様、夕方には大ホールに入場できますので、そちらの準備も始めておきますね」
「うん、お願い。そういえば、どんな演劇をするのか、アルバは知ってる?」
「はい、今年は大人気シリーズの「甘党探偵ハイン・シュガー」の最新作が、ロンザバルエで先行公開されるんですよ」
「甘党探偵……? 俺はあんまり知らないけど、推理ものなのかな?」
「凄腕の名探偵ハインが助手の少女ヴァニラと共に、様々な事件に挑み解決していく物語です。協力者の騎士団長バケッツ・プディングや、ライバルの怪盗ビターなども登場し、多くの種族や年齢層に人気があるんですよ」
「へえ……って、アルバ詳しいね」
「俺とロドも愛読していますから。記念祭で先行公開と聞いて、一ヶ月前から楽しみにしていました」

 そう語りつつ、アルバは目をキラキラさせていた。相当好きなんだろうな。
 それに、いろんな人に人気がある推理もののシリーズだというし、初めての俺でもきっと楽しめるだろう。
 この時は、楽しみだなーと気軽に考えていた俺だが、実際の舞台は予想以上のもので驚きの連続だった。


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