秋の色が日に日に増してきた頃、ロンザバルエでは文化記念祭の準備が行われていた。
 アルバに詳しく聞いたところ、このお祭りは多くの人に、いろんな文化を楽しみながら体験してもらうという目的で行われるそうだ。
 なので、大広場では旅芸人たちの演奏や踊りが行われ、異国の地の料理が楽しめる屋台も並び、民芸品を作れる体験会も催されるのだとか。
 一番の目玉は、最後に中枢の屋外大ホールで行われる演劇で、一流の劇団員たちによる素晴らしい舞台が楽しめるという。
 しかも、市民たちは破格レベルの席代だけで、一流の演劇を楽しむことが出来るから、それも一番人気の理由であるそうだ。
 今回のイベントに限り、劇団の方に支払われている報酬の九割は、スポンサーである四竜宮から出ているという裏事情もある。

 そんな楽しそうなイベントが三日後にあるのだが、その前に俺たちにだけ、小さなイベントが起きた。
 午後のイグニ様との交流の時間に、一通の手紙が届けられたのだ。

「冒険者ギルドより、カナデ様宛にお手紙が届いておりますが……」

 手紙を持ってきた火竜兵は、俺達にそう伝えつつも困り顔だ。
 それもそのはず、手紙の宛先は共通文字で火竜宮の俺になっているが、差出人の名前がミズキの文字で「暁」と書かれていたから。

「カナデ……これはもしや」
「はい、師匠からです。受け取りますね」

 俺は手紙を受け取り、中を確認する。
 この字と内容のノリは、確かに師匠で間違いない、けれど。

「……え」
「カナデ? どうしたんだ?」
「え……と、すみません。想像していなかった内容だったもので」
「なに? まさか、病に倒れているとか大怪我をしているとかか!? あるいは事件や事故に巻き込まれたのか!? もしや、すでに手遅れなんて事は……!!」
「あ、大丈夫です。師匠自身はピンピンしてるみたいです。ただ……独り身に戻ったと書かれていたものですから。それと、今の冒険者ギルドからの依頼が終わり次第、こちらに来てくれるそうです。詳しい話もその時に、と」
「……ん? カナデ、たしかお義父上は、ミズキの町に住む娘と恋におち、そのまま身を固めたのではなかったか?」
「はい、そのはずです。当時は俺も一人で旅ができるくらい成長してましたし、夫婦になる二人の邪魔になってはいけないと思って、一人立ちして旅立ったのですが……その後に、二人の間に何かあったみたいですね」
「ふむ……互いに人族なら、性格や価値観の不一致などの理由で離婚する事もあるというからな。もし片方が竜人で相手が番なら、別れたいと言われても頑なに張り付いているだろうが」
「……なんか想像できちゃいました」

 イグニ様もだけど、他の竜王様の普段の様子を見ただけでも、容易に想像できる。
 自分の番となった相手の傍に、一秒でも多く居たいのだろう、とひしひしと感じる事は多々あるからな。

「ともかく、お義父上はこちらに来てくれるのだね? いつ頃になるだろうか?」
「具体的な日にちは、まだ分からないみたいで……仕事が終わったら、もう一度こちらに手紙を出してくれるそうです」
「そうか。必要なら、火竜から迎えを出すから、遠慮なく言ってほしい」
「では、その事も返事の手紙に書いておきますね」
「ああ、頼む。……カナデ、その手紙は、俺が呼んでも大丈夫だろうか?」
「うーん……読むのは構いませんけど、ミズキの文字で書かれていますよ。ほら」

 どうも内容が気になって仕方ない、という様子のイグニ様に手紙を見せると、難しい表情になって固まった。
 ミズキの文字はけっこう独特だから、そうなるのも無理はない……。
 おにぎり事件の時もだけど、ロンザバルエにはミズキの文化が浸透してないから、仕方ない事だよな。

「……全く読めんが、それだけは分かる」
「どれですか?」
「最後に書かれている、可愛らしい絵だ」

 手紙の最後の方には、丸の中に愉快な表情があったり、やたら丸みのあるウサギやニワトリの落書きが書かれていた。
 俺に宛てた手紙だったから、師匠もふざけて落書きをしたのだろう。

「ふふ、師匠のやりそうなことです。……あ、イグニ様に宛てた手紙は、こちらのようですよ」

 封筒の中にもう一通の手紙が入っている事に気付き、さっと見たら共通語で書かれている……落書きもない。
 これは確実に俺ではなく、イグニ様に充てたものだな。

「……読まないんですか?」

 イグニ様は、俺が差し出した手紙を受け取りはしたが、半分固まったままで躊躇している。

「……あー……カナデ、すまないが……一緒に読んでくれないだろうか?」
「かまいませんけど……?」
「……お義父上からの手紙だと思うと、緊張してしまって……情けない、本当にすまない」

 そう言いつつも、分かりやすくしょんぼりするイグニ様が、なんだか可愛く見えてしまった。
 いくら竜王様でも、番の父親相手には緊張するものなのか。
 手紙一つでこの様子なら、「お前にうちの子はやれん!」なんて言われようものなら、相当しょげそうだな。
 ……まあ、そんな頑固親父っぽい台詞なんて、師匠は言わないだろうけど。

 広げられた手紙を二人で読むと、綺麗な挨拶文から始まり、俺が火竜宮で世話になっている事と火竜宮への招待に対する感謝の言葉、いま受けている依頼を終わらせたら改めて手紙を出し、こちらに向かうという連絡事項が、これまた丁寧な言葉で綴られていた。

「……お義父上は、高貴な身分の方なのだろうか?」
「繊細は俺も知りませんが、その手の学があるとは少し聞きました」

 師匠がイグニ様に充てた手紙は、高い身分の相手に出す内容としては完璧なもので、普段の師匠を知っている俺からしたら、思わず吹き出してしまいそうになるくらいだった。
 丸焼き肉に豪快に食らいついて引きちぎったり、川に飛び込んで風呂と洗濯を同時にこなしたり、お腹を出してぐーすか寝てるような師匠が、こんな上品な言葉を使っているんだから、うっかり笑ってしまうのも仕方ない気がする。

「とりあえず、今回は俺だけ返事を出した方が気兼ねが無いと思うので、書いておきますね」
「ああ、お義父上には申し訳ないが……俺も書くと、また数時間単位になりそうだ」
「そんなに気負わなくても、大丈夫な人ですよ」

 落ち込み気味のイグニ様に苦笑いしつつ、師匠に送る手紙の返事をしたためる。
 用件ついでに、お返しの落書き(ひよこ)を添えて。


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