吹く風に少しの冷たさを感じるようになった、ある日の事。
 今日は竜王様たちの会議の日なので、イグニ様はロドと一緒に中枢の会議室に行っている。
 俺はアルバと一緒に図書館に足を運び、気になってた本を読んできたのだが、その帰り道でアルバから提案を受けた。

「カナデ様、竜王様の会議の様子を見に行ってみませんか?」
「会議の? でも俺が行ったら、邪魔にならないかな?」
「大丈夫ですよ。会議室の横に、こっそり様子を見る為の小部屋があるんです」
「小部屋が?」
「はい。元々はグラノ様とウォルカ様によって、竜王様方……というよりガイム様とヴィダ様が、本当に真面目に仕事をしているのか、確かめるために作られた部屋だったんです。お二人が宮に入って間もない頃は、番となる竜王様方に対しての信頼があまりありませんでしたから……ま、今では逆に、何かあった時に余計な恥ずかしい事を言わないか、目を光らせておられるくらいですけどね。あと、フォトー様が真面目でかっこいいエアラ様を見たい、という時にも使われていますよ。そんな部屋ですから、会議室の方からはそこに誰かいるのかどうかが分かりませんし、声や物音も小部屋側のものは遮断されて、聞こえないという魔法がかかっています」
「へえ……そんな部屋があったんだ。それ、外部に広まったりしたら、悪用されたりしない?」
「その点はご心配なく。その部屋は竜王様と番様、その従者以外の魔力の持ち主が侵入したら、体重や体温を感知するセンサーが作動し、警報が鳴ってスプリンクラーが作動し水浸しになり、上から巨大タライが落ちてくると言う仕掛けになっています」
「タライはなんでなの」
「警備にもたまには遊び心を入れたいという事で」

 よく分からない理由だけど、そもそも部外者が四竜宮の中枢に入るのも難しいだろうし、会議中の会議室には複数の竜兵たちの警備があるわけだし、警報や水攻めで警備自体はしてるから、タライくらいの遊び心があってもいいだろうって事なのかな?
 そんな微妙に納得したようなしてないような事を考えているうちに、会議室に着いてしまった。
 会議室の方は立派な両開きの扉だが、そのすぐ右側に簡素な扉もある……きっとこっちが、例の小部屋なのだろう。
 扉の向こうの内装も簡素で、小さな空間の壁に段差があって、座れるようになっているだけの部屋だった。
 しかし段差の反対側の壁はガラス窓のようになっていて、向こう側の様子がよく見えるし、竜王様たちの声もちゃんと聞こえてくる。

「こちらからはガラス窓になっていますが、向こうからは会議室の壁紙に見えるだけですよ」
「へえ、すごい。これもやっぱり魔道具なの?」
「はい。これは大掛かりなものですが、小型のものは詰所の取調室や動物の保護施設でも利用されています」

 なるほど、容疑者を複数人で監視したり、動物たちにストレスを与えない為に使われてるって事か。
 説明を聞いて感心していると、竜王様たちの話し合いが一区切りついたようで、話題が次の内容に移ったようだ。

「……では次に、先日の牧場での事件だが……取り調べの結果、あの連中は狩り獣人のルールを知った上で、犯行に及んだそうだ」
「知った上で? 普通に悪質ではないか」
「今回は牧場側に大きな被害が出なかったが……下手をしたら、何匹かのヒツジがやられてたって事か」

 内容的に、この間のモフモフ祭りの事件についての話し合いみたいだ。
 あの時はグラノさんが飛び蹴りで獣人たちを吹き飛ばしてくれたし、ロドとミディオさんによって彼らは拘束されたから、大事にはならなかったけれど…。

「その後の牧場の様子はどうなってるの?」
「……今の時点では、あの日以降は大きな問題は起きていない」
「あの連中には実刑を科すとして、今後は模倣犯が出ないように警戒しておかないとな」
「……現場近くの詰所に話は通してあるから、有事の際の対処は一先ずそちらに任せてある。それでも手に負えない事態になったら、こちらにも緊急連絡が来るだろう」

 ……なんだか、いつもの竜王様たちとは違って、すごく真面目な話し合いをしているな。
 いや、会議なんだから、それが当たり前なんだけど……今まで俺が見てきた竜王様は、だいたいが番である相手に対してデレデレだったから……。
 なんと言うか、ギャップが凄い気がする。

「じゃあ次、いいか? 一年前に決壊した北部の川の修復工事なんだけど、予定より遅れるらしい」
「……前に聞いた時は、予定通りに進んでいたはずだったが?」
「二日前に報告があったんだけど、現場で保管していた建築資材がいくつかダメになったんだ。資材置き場に石食い虫が湧いたらしくてさ」
「ああ、なるほど……」
「虫を駆除してから、新しい資材を入れる分の時間が必要だけど……さすがに数ヶ月単位みたいな、大幅な遅れにはならないよ」
「近隣の住民に影響は?」
「橋や歩道はもう直ってるし、決壊付近に住宅や施設、畑とかはないから大丈夫。遅れるのは堤防の嵩上げだけだし、これからの季節は大水は出ないはずだから」
「増えた分の工事費用はどうする?」
「一先ずは水竜宮から出すよ。全体の費用がはっきりしたら、また持って来る」

 こうやって聞いてると、やっぱり竜王様たちも大変なんだなと、改めて実感する。
 イグニ様に甘えて気楽に生きてたのが、なんだか申し訳ないなと思っていると、会議は一段落着いたのか竜王様たちはお茶を飲んで一息ついていた。

「……ヴィダ、ウォルカ君の容体はどうだ?」
「もう傷もだいぶ薄くなったし、普通に動いても大丈夫だよ。嬉しくて頬ずりしたら怒られたけど」
「病み上がりの子に何をしているんだ」
「だってー」

 ん? なんかいつもの竜王様の様子になってきたような。
 水竜王様はニッコニコだけど、他の竜王様たちはなんだか呆れ気味だ。

「……まあでも、カナデ君の時に比べたら、ね」

 あれ、なんか急に俺の話題になった。
 俺の時って……もしかして、初めて宮に来た時の連行事件の事?

「あの時は絶望的だったからな……主にイグニが」
「……一命を取り留めて良かったが……今思えば、よく恨まれなかったな」
「ああ、それは俺も覚悟していたが……カナデは俺も、ロドとアルバの事も許してくれたんだ」
「優しい子だよね。それを理由に、嫌味や暴言を言うとか横暴な事をするとか、逆に怖がられて引き籠ったりする事もありえたのに」

 ……なんか、改めてそんな風に言われると、ちょっと居たたまれない。
 俺はそこまで考えてなかったって言うか、むしろ迷惑にならないように早く出ていこうって事ばかり考えてたから……。

「ああ、あの子の素性と優しさを知ったからこそ、俺はカナデを絶対に幸せにしたい。番だからというのはもちろんだが、それだけじゃない。あの子の事を知れば知るほど、俺はカナデに、それ以上の特別な気持ちを感じている……。初めは、番を想うという気持ちを上回るものなどあるものか、と思っていたんだが……」
「イグニ……それは多分、俺たちと同じだ」
「同じ?」
「そう、俺は「番」ではなく、フォトーが好きだ。ガイムもグラノが、ヴィダもウォルカが好きなんだ。竜人が本能だけで求めていた「番」と言う曖昧なイメージの存在が、一人の個人を想うという純粋な愛情に昇華されたんだよ」
「そうか……そうだ、俺はイメージだけの「番」ではない、カナデ自身が好きなんだ。他の誰でもないカナデを守りたい、幸せにしたい、ずっと一緒に居たいんだ」

 イグニ様は納得したような感じで、とても嬉しそうに語っているが……。
 当事者である俺としては、想ってもらう事は嬉しい反面、やっぱり気恥ずかしくなってしまう。

「……ねえ、アルバ。今日俺がこの部屋で様子を見てた事、内緒にしてもらえるかな? 嬉しいんだけど、なんだか照れくさい、みたいな感じになっちゃって……」
「ふふ、分かりました。では今しがた会議室に到着した、という事にしておきましょうか」
「うん……」

 そそくさと小部屋を出て、会議室の扉から少し離れた所で深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
 顔に出てたら恥ずかしいから、できるだけ平常心でと考えていたら、会議室の扉が重い音を立てて開いた。

「あれ? カナデ様とアルバ……」

 扉を開けたのはロドで、俺たちの姿を見て少し驚いたような表情になっている。
 しかし、そんなロドの言葉が終わらないうちに、会議室から飛び出してきたのはイグニ様だ。

「カナデ!? どうしたんだ、何かあったのか!?」
「あ、いえ……さっきまで図書館に行っていて、今はその帰りなんですが……そろそろ会議が終わる頃ではとアルバが教えてくれたので、来ちゃいました」
「そ、そうか……ん? それはつまり……俺を迎えに来てくれたのか?」
「そういう事に……なりますね?」

 言われてみて気付いたけど、これはいわゆる「お迎え」になるって事か?
 若干自信なく答える俺を見て、イグニ様はニッコニコの上機嫌になっていた。

「そうか!! 俺を迎えに来てくれたのか!!」

 超いい笑顔で尻尾をブンブン振りながら、俺を抱きしめたイグニ様のおかげで、俺は久々にむぎゅっとなった。
 後から出てきた竜王様たちには、微笑ましく見守られつつも、少し羨ましそうにもされている。
 その後、イグニ様の強い希望もあって、手を繋ぎながら一緒に火竜宮へと帰っていく。
 相変わらず冷たい風は吹いていたけれど、繋いだ手の温かさは、なんだか幸せで心地よかった。

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