春の風が優しく吹き抜ける、よく晴れた日……今日はフォトーさん主催の、お菓子パーティーの日だ。
 この前見つけたコートをアレンジしてもらって鳥っぽくなったし、イグニ様から貰った髪飾りもつけて、準備はバッチリ。

「カナデ、そろそろ風竜宮に……」

 軽めのノックの後に入ってきたイグニ様は、鷹をイメージしたような服装と装飾だ。
 何故か、表情はポカンとしているが。

「イグニ様?」
「……あ……す、すまない、愛らしさが過ぎてつい。それに、その髪飾りは……」
「イグニ様から頂いたものです。今回のパーティーの、鳥という題材にも合っていると思ったので、思い切ってつけてみました」
「そうだな、カナデに良く似合っている」

 そう言うイグニ様はいつもの笑顔ではあるが、尻尾はものすごく正直で、勢いよくブンブンと揺れている。

「そろそろ風竜宮へ向かうんですよね?」
「ああ。今回はフォトーが、例年以上に張り切っているとエアラから聞いた。甘いものが好きなカナデも、楽しみだろう?」
「はい、毎年驚くくらい、すごいお菓子が集まるって皆から聞きました」
「フォトーのパーティーは、都の菓子職人たちにとっても重要な催しなんだ。詳しい事は行きながら話そう」

 イグニ様の隣を歩きながら、風竜宮へと向かう道中で、今回のパーティーの事を教えてもらう。
 相変わらずイグニ様の尻尾はブンブンと揺れていて、足取りも軽いようだ。

「春のお菓子パーティーは元々、フォトーがお菓子をたくさん食べたいという要望から始まったものだ。今ではロンザバルエに店を構える菓子職人たちが、新作を発表する場として重宝されているよ」
「えっ! それじゃあ新作のお菓子が、いち早く食べれるんですね!」
「そうだな、それに我々竜王と番だけでなく、竜人たちや中枢で働く甘味好きたちも集まる。職人たちにとっても、腕の見せ所だろう」

 そういえば、たくさんの甘味好きの人たちが集まるって話だったな。
 俺みたいに、甘いものなら何でも嬉しいみたいなタイプだけでなく、甘味には厳しい人とかも居そうだ。

「今回は菓子職人たちも、自信作が出来たと話していたようだ。味はもちろん、見た目でも楽しめるものを発案した職人もいるようだよ」
「そうなんですね、楽しみです!」

 分かりやすく喜ぶ俺に、イグニ様は優しく微笑みかける。
 おやつを目の前にした子供のように思われている気がしないでもないが、素直に楽しみなのは本心だし仕方ない。
 イグニ様と二人でそんな会話をしつつ、たどり着いた風竜宮のパーティ会場は凄かった。
 会場全体にお菓子モチーフの飾り付けがされており、すでにたくさんの招待客たちも来場していて、鳥っぽい服装や飾りを付けている。
 その華やかさもあってだろう、こうして見るだけでも、まるでお菓子と鳥のパラダイス状態だ。

「おや、カナデ様。今年からご招待を受けたのですね」
「あ、ノルスさん。ノルスさんも招待されたんですか?」
「ええ、頭を使う仕事に、糖分は欠かせませんので」

 ノルスさんはそう言いつつも、とてもいい笑顔だ……もしかして、意外と甘党だったんだろうか。
 でも、いつもより着飾った感じではあるけど、仮装自体はしていないな。

「今年は鳥で助かりましたよ。私なら、そのままでいいですから」
「あっ、確かにそうですね」

 ノルスさんは元々梟の鳥人だし、このモフモフふわふわな羽毛があれば、仮装の必要は無いだろう。
 さすがに失礼だから実行した事はないけど、いつかこの素晴らしい羽毛に顔を埋めてみたいとは思っている。

「そういえば、フォトー様がヒヨコのように、ぴょこぴょこキョロキョロとしていましたよ。お二人をお待ちなのでは?」
「えっ、そうなんですか? じゃあ、行っていきます」
「ええ、主催席はあちらの方ですよ」
「ありがとうございます」

 ノルスさんと別れ、教えてもらった主催席の方へと向かう。
 会場の中でも、ひと際豪華に飾られた広く丸い席には、竜王様たちと番様たちの姿が見えた。

「あっ! カナデ、イグニ様、こっちこっち!!」
「フォトーさん。今日はお招きありがとうございます」
「カナデも、来てくれてありがとな!」

 そう言って、いつもの人懐っこい笑顔を見せるフォトーさんだが……金色の髪がピョコっとはねていて、服装も黄色っぽい鳥のようにしているから、確かにヒヨコっぽく見えるな。
 竜王様たちやグラノさんは、かっこよくてワイルドな感じの鳥を意識した装いだけど、ウォルカさんは白くて優雅な感じだから、白鳥みたいで綺麗だ。

「カナデ君は、可愛いウグイスですね」
「はい……こんな感じで、大丈夫でしょうか?」
「小鳥っぽくていいと思うよ」

 ウォルカさんとグラノさんが褒めてくれたけど、やっぱりここでも小さい扱いなんだな……いや、確かに小さいウグイスを選んだのは俺なんだけど。
 ここは思い切って、大きい鳥に挑戦してもよかったかもしれない……例えばダチョウとか……。

「フォトー様、招待客の皆様が全員到着なさいました」
「おう、分かった!」

 おっとりした感じの風竜の竜人……多分、フォトーさんの従者であろう人が、フォトーさんに話しかける。
 するとフォトーさんは、風竜王様と一緒に前に出て、会場の招待客たちに向かって挨拶を始めた。

「えーと、みんな! 今日は春のお菓子パーティーに来てくれて、ありがとな! 今年はすごいお菓子を職人たちが用意してくれたって聞いたから、すっげー楽しみにしてたんだ! みんなもたくさん楽しんで、腹いっぱい食べてってくれよな!」

 なんともフォトーさんらしい元気で無邪気な挨拶に、会場からは歓声と拍手が起こる。
 そしていい笑顔の風竜王様がフォトーさんを抱き寄せつつ、会場のスタッフをしている竜人たちに指示を出した。

「それでは、最初のメニューを各テーブルへ」

 その言葉の後に運ばれてきたお菓子は、とても豪華なミルクレープ。
 クレープの層の間には、たっぷりのクリームが挟まっていて、普通のものに比べたら二倍ほど高さがある。
 周りには色とりどりの果物に、小さなマカロンが三個コロンと添えられていて、色合いも鮮やかだしとても可愛らしい。

「こちらはモフ・ド・モフールの新作です」

 これはどうやら、ヒツジのマスコットキャラでもいそうな店名の、洋菓子店の新作商品みたいだ。
 ミルクレープ自体もすごく美味しいけれど、果物が周りに添えられているから、自分好みのタイミングに合わせて食べれるのもポイントが高い。
 合間にマカロンを食べる事で、食感が変わって飽きのこないようにと、工夫もされているみたいだ。

「……おいしい……」
「クリームが軽めですから、くどくならず丁度いいですね」
「濃厚な甘さのフルーツとも、よく合っている」
「クリームを崩れないギリギリまで乗せるの、成功したんだな!」

 いつかのイグニ様のように、語彙力行方不明状態の俺だが、他の皆さんはちゃんと具体的な感想を話していた。
 フォトーさんに至っては、店の人の苦労も知っているかのような口ぶりだ。
 そして竜王様たちは、お菓子を堪能して番様を愛でて、またお菓子に舌鼓を打って……という、ある意味忙しい事をしていた。
 それから少しして、全員が食べ終わった頃に次の一品が運ばれてくる。

「こちらはカフェ・宵闇のひとしずくの新作です」

 今度はチョコレートをふんだんに使った、ワッフルとフォンダンショコラのセットだ。
 色からして、添えられているクリームやクッキーにも、チョコレートが使われていると思われる。

「すごく濃厚なチョコレートですね」
「ええ、味もそれぞれ、ミルクとビターに分けているようですね」
「溶けやすいチョコレートを、いろんな食感で楽しめる時代が来るとは思わなかったよ」
「このトロトロチョコとふわパリチョコは、お菓子界の革命だよな!」

 またそれぞれ、美味しい感想を口にするが……そういえば。

「フォトーさんは、チョコレートを食べても大丈夫なんですか?」
「ああ! 昔はダメだったけど、エアラ様と一緒になってからは平気な体質になったぞ! 今じゃ大好きだな!」
「そうなんですね、よかった」

 フォトーさんは満面の笑みで、嬉しそうに言った。
 確か犬や猫の獣人たちには、チョコレートはダメだって聞いてたけど、体質が変わったのなら……あれ?
 たしか去年の夏、フォトーさんはネコ科の獣人だから、水が苦手でプールも使わないって聞いたような。
 もしかして、体質でも変わったものと変わらなかったものがあるんだろうか。
 相変わらず、番というのは不思議なものだと思いながら、出されたお菓子を食べ終えると、次のお菓子が運ばれてきた。

「こちらはブルー・リバー・フィッシュの新作です」

 今度はワイングラスの中に青いゼリーが入っていて、色の違うゼリーで作られた魚や花が浮かんでいる。
 まるで小さな水槽のようなゼリーは、さっぱりとした口当たりでほの甘く、底に敷かれたコリコリ食感のナタデココも美味しい。
 それから、縦に長いロールケーキ、シンプルだけど食べたらびっくりのプリン、花や動物の形をした可愛いドーナツなど、いろんなお菓子が運ばれてきて、どれもとても美味しかった。
 そして、心もお腹も満足したころ、本日最後の一品が登場する。

「こちらは先日オープンした、月丸堂ロンザバルエ支店の商品です」
「えっ、月丸堂!?」
「お、カナデはやっぱり知ってたか? ミズキの国で有名な菓子屋なんだってな!」
「はい、よく行ってました!」

 月丸堂……ミズキにある菓子店でも有名な店で、いろんな地域に支店を出していたな。
 贈答用の綺麗な練り切りから、手軽などら焼きにあられなど、いろんな種類の菓子を売っているのだ。
 師匠と一緒に旅をしていた時は、よく一緒に買い食いしてたな……揚げせんべい、鬼まんじゅう、みたらし団子、かき氷、何故かあったおでん……。

 思い出に浸っていると、ひな壇の台の上に乗せられたお菓子が、目の前に置かれる。
 一番上の段は花の形をした練り切り、うさぎの顔が可愛い上用まんじゅう、苺が顔を出している大福。
 二段目には、栗の入ったきんつば、ガラスの小鉢に入った金平糖、とても小さい三食団子。
 一番下の段には、小ぶりの揚げせんべい、一口サイズのどら焼き、色とりどりのあられだ。

「カナデの思い出の味なのか?」
「はい、師匠と一緒に買い食いした、青春の味ですね」

 隣に座るイグニ様に問いかけられ、ちょっとふざけつつ答える。思い出の味である事は本当だしな。

「金平糖とまんじゅうと大福は分かるのだが、他のものは?」
「あ、イグニ様は他のは初めてでしたっけ。えーと、この揚げせんべいとあられがしょっぱい系で、あとのは甘い系なんですけど」

 イグニ様に説明していると、他の竜王様や番様たちが俺たちの方に注目している。
 そういえば、皆さんは全部初めてだったな。

「なーカナデ、おすすめの順番とかあるのか?」
「うーん、そうですね……やっぱり、上から順番がいいと思います。贈答用のものでもありますから」
「おう! 分かった!」

 フォトーさんの質問に答えると、素直に納得してくれて上用まんじゅうに手を出していた。
 他の皆さんも納得してくれたのだろう、フォトーさんと同じように、一番上の段にあるお菓子を口にしていく。

「おお……! 美味いけど、不思議な味……これがミズキのお菓子なのか!!」

 フォトーさんは良い笑顔で尻尾を振りながら、まんじゅうを頬張っていた。
 竜王様たちやグラノさん、ウォルカさんも美味しそうに食べているし、概ね好評のようだ。
 会場の方を見ると、みんな戸惑いながらも美味しく食べているみたいだし……故郷の味を好きになってもらうのって、嬉しいものだな。

 それからパーティはお開きとなり、今日参加したお店が用意してくれたお土産を貰う。
 美味しそうなフィナンシェやマドレーヌ、ベイクドチョコレートに混ざって、ザラメせんべいがさりげなく入っている。
 お土産にもらったお菓子は、別の日に師匠と一緒に食べようと考えながら、イグニ様と共に風竜宮を後にした。


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