「……それで、ヴィダ様の鱗をイグニ様に預け、カナデ君に渡したというわけですか」
「うん……」

 俺の目の前で優雅に微笑みながら、紅茶を片手に話すのは、俺の最愛の番であるウォルカ。
 この美しくも理知的な彼は元貴族だった事もあって、大きく表情を変える事が少ない。
 ……つまり、何を考えているのか分からない事も多いのだ。
 グラノのようにはっきり物をいうタイプか、フォトーのように裏表のないタイプであれば、俺もそこまで悩む事は無かっただろう。
 だがウォルカは、俺に体まで許しているというのに、それすらも義務のように思っているところがある。
 嫌なら嫌だと、はっきり言ってくれたらよかったのに、そんな感情すら他者に見せようとしないのだ。

「ウォルカは、思うところはないのか?」
「何をです?」
「その……俺の鱗を、カナデ君に渡した事について」
「そんな事はお互い様でしょう。私だって、イグニ様の鱗を頂いているんですから」
「それはそうだけど……」
「むしろ、理由もないのに鱗を渡す事を拒んで、そのせいでカナデ君に何かあったら、ヴィダ様を一生恨むところでしたよ」
「一生……」
「竜王様にとっては、ほとんど永遠ですね」
「やめて」

 頭を抱える俺を他所に、ウォルカは物音一つ立てずに紅茶に口をつけ、カップを机に置く。

「嫉妬して欲しかったんですか?」
「え!? い、いや、そういうわけじゃ……ないとは言い切れない」
「困ったものですね。カナデ君だって、私がイグニ様の鱗を使っている事を、気にしてないと思いますよ」
「そりゃ、あの子はロンザバルエに来たばかりだし……あ、でも、イグニは気にしてそうだな」

 俺が呟くと、ウォルカは呆れたように一息つき、窓の外の方を見ながら話す。

「いい前例になれて、よかったと思ってますよ」
「え?」
「私やグラノさんが来た時は大変だったと、四竜宮の者のほとんどが知っています。番の感覚を持たない人族を迎え入れる難しさを、イグニ様も火竜たちもその目で見てきて、予行練習が出来たんじゃないでしょうか。番の事が分かるフォトー君でも、全てが上手くいくわけではないと分かったわけですし」
「ウォルカ……?」
「私は今まで、同じ立場であるグラノさんに、数え切れないほど助けて頂きました。ですから、私もフォトー君やカナデ君の助けになりたいと思ってるんです。特に、カナデ君は私に似ている所がありますし」
「似ている? あの子はまだ幼いし、そう感じた事はないけど……」
「……ヴィダ様が、人族の気持ちを理解できるようになるには、まだかかりそうですね」
「え!? なんで!?」

 ウォルカは時々、こういう意地の悪い事を言う。
 長い時間一緒に居て、最初は俺も強引だったけど、それでもウォルカの気持ちを理解しようと、いろいろ考えたし行動もしてきた。
 だけど、仮面をかぶったようなウォルカの言葉が、嘘か本当か分からない。
 ……これだけ一緒に過ごしてきたのに、今でも俺の事を好いていないんだろうか。
 俺はウォルカを愛している。絶対に手放したくない。俺の全てを知ってほしいし、ウォルカの全てを教えてほしい。

 それも全部、俺の独りよがりなんだろうか。
 ウォルカの為と思ってしてきた事は、ウォルカにとっては迷惑な事だったんだろうか。
 考えれば考えるほど泥沼にはまり、何が正解だったのか、何が間違っていたのかが分からなくなる。
 どんよりとした空気を纏いつつ項垂れる俺に、ウォルカがゆっくり近づいて、静かに囁いた。

「私はどうやら、愛する人に意地悪をしたいタイプのようです」
「……え」
「そろそろ戻りましょうか、お仕事が残っていますよ」

 不意打ちをくらいつつも、ウォルカの言葉を半濁する。
 それって、つまり。愛する人に意地悪したいって、それで俺に意地悪をするって、つまり……。
 ぐるぐると頭を回す俺を横目に、ウォルカは部屋を出ていこうとしていた。

「ウォルカ待って! 今のもう一回!!」
「おかわりはありませんよ」
「意地悪ー!」

 俺の必死の懇願に振り返って、少し呆れながらも困ったように、ウォルカは笑う。
 そして俺の中では、感情が複雑に絡み合いながらも、嬉しさが爆発しそうになっていた。


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