俺にとっては、初めてのロンザバルエでの夏。
 少しの暑さが漂う部屋で読書をしていたら、聞き慣れた足音と共にイグニ様が現れた。

「カナデ、今いいだろうか?」
「はい、どうしました?」
「七月七日の今日は、君の故郷のミズキで催しがあると聞いたのだが」
「あぁ、七夕の事ですか?」
「そうだ。なんでも、天の川を挟んで東西に分かれ、謎の小袋を容赦なく投げ合う、男と女の大合戦だと聞いたんだが」
「なんですかそれ!?」
「む、違うのか」
「違いますよ……七夕っていうのはですね……」

 いったい誰から聞いたのか、謎過ぎる内容の催しを訂正し、本来行われる七夕の内容をイグニ様に説明する。

「なるほど……しかし、その笹という植物と、素麺という料理を用意するのは難しいな」
「どちらもミズキでは馴染み深いものですが、ロンザバルエで見かける事はありませんから……イグニ様、もしかして七夕を体験したかったんですか?」
「ああ、いや……大合戦だったら、面白そうだと思っただけだ」
「あー……それはなんと言うか、残念でしたね。でも、冬に雪合戦というのがありますよ」
「雪合戦?」
「雪を丸めたものを、相手にぶつける遊びです。相手の玉に当たったら負けですよ。人数が多い時は、チームに分かれて行ったりもします」
「雪の玉は、当たる前に溶かしてもいいのか?」
「ダメという決まりはありませんが……でも、ちょっとずるいですね」
「そうか」

 イグニ様の興味は、七夕から雪合戦に移ったようだ。
 しかし、季節はまだ夏が始まったばかり、さらに秋が過ぎてやっと冬になるのだから、雪合戦ができるのはだいぶ先の話になるだろう。

「ならば、今日は素麺というものの代わりに、冷静パスタを食べるのはどうだろうか」
「あ、いいですね。素麺は天の川を見立てたっていう説もあるみたいですし、見た目も似てるから代わりにはいいかと」
「よし、そうと決まれば、厨房の者たちに言ってこよう」

 いそいそと俺の部屋を出るイグニ様の尻尾が、今日もぴょこぴょこと揺れている。
 以前、彼自身が言っていたように、思い出を作れる事が嬉しいんだろう。
 大きな思い出作りも大事だし楽しそうだけど、こういう小さな思い出作りだって、きっと大切な事だ。

 そして今日の夕食に出されたパスタには、星の形に切られた野菜が添えられている。
 イグニ様の方は、野菜無しでハムやソーセージが星型に……野菜が苦手なイグニ様用にと、シェフが気を遣ってくれたのだろう。
 久しぶりの七夕の気分を味わいながら、さっぱりとして美味しいパスタに舌鼓を打っているうちに、少しづつ日は暮れていった。


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