図書館で調べ物をしてから数日が経ち、あれから色々と考えたけど、まずは初めてでもやりやすそうな、吊るして作るドライフラワーから試してみる事にした。
 やり方はとても簡単で、湿気が少なく風通りのよう日陰に、花を逆さにして紐で吊るしておくだけだ。
 花が花瓶に生けてあった場合は、水のついた部分を切り落として乾燥させると書いてあったから、生花のまま飾って、萎れはじめたら乾燥させるようにすれば、長く楽しむことが出来るだろう。
 それに、ドライフラワーにすればポプリや石けんに加工する事も出来るみたいだし、慣れてきたらそちらに挑戦するのもよさそうだ。

「カナデ様、そろそろ昼食のお時間です」
「え、もうお昼? じゃあ食堂に行こうか」

 また後で書くだろうから、やりたい事メモはそのままにして、アルバと一緒に食堂へ向かう。
 すると、今日は仕事が早く片付いたのだろう、ご機嫌なイグニ様とロドの姿があった。
 昼食のメインはキノコ入りデミグラスソースのハンバーグだ。とても美味い。

「……カナデ、一つ確認しておきたい事があるのだが」

 この短時間で、ハンバーグの三つ目を制覇したイグニ様が、少し真面目な表情で俺に話しかけてくる。

「なんでしょうか?」
「四竜宮と中枢の施設の者は抜きにして……君にとって、家族と呼べる相手は、どのくらい居るだろうか?」
「え? ……えと、師匠しかいませんけど……?」
「そうか。いきなりすまない、実は、君との婚儀の前に、婚前の礼儀として、君の家族と顔を合わせる必要があると思ってな」

 ……そういえば完全に忘れてたけど、俺はイグニ様の番だから、いずれ結婚する事になるんだった。
 俺の中では、いまだに実感はわかないけど……でも、普通は結婚前に親族の顔合わせをするもんだよな。

「えーと……それじゃあ、師匠に連絡を取ればいいですか?」
「ああ、だが、こちらに来れない事情、あるいはこちらが相手側の方に行けない事情があるのなら、無理にとは言わない。本当はきちんと会った方がいいのだが……いきなりこちらに来いというのも不躾だろうし、かと言って向こうに行くにも、我々が来訪する事で騒ぎになったりすると、相手側が後で困るだろう。だからもし会えなくとも、結婚の承諾を貰えれば一先ずはそれでいい」
「そうですね……師匠はミズキにある町で在住しているはずですが、冒険者登録は残しておくと言っていたので、ギルド経由で手紙は届けれるはずです」
「そうか。ならば、すぐに手紙を……」

 そこまで言って、イグニ様は考え込むように黙ってしまった。
 不思議に思って様子を見ていると、イグニ様は少し言いづらそうに口を開く。

「……カナデ、君にとってその方は、父親に当たる人物という認識でいいのだろうか?」
「はい、俺にとっては恩師であると同時に、育ての親とも言える人です」
「……そうか……困ったな……俺はお義父上に、何と手紙を書けばいいんだ……」

 俺の返答を聞いたイグニ様は、なんだか大げさに頭を抱えてしまった。
 そこまで大げさに考えなくても、普通の手紙でいいと思うけど……?

「近況報告と用件だけではダメなんですか?」
「業務的な連絡なら、それでいいが……お義父上に出す手紙である以上、失礼な内容になるのはよくない。一人立ちさせた後とはいえ、大事なカナデを俺がもらうのだから、無粋な真似はしたくないんだ」

 前から思ってはいたけれど、本当にイグニ様は真面目というか律儀というかって感じの人だな。
 細かい事は気にしない、良く言えば大らか、悪く言えば大雑把な性格の師匠からしたら、手紙の内容は普通な感じなら大丈夫だと思うけど。
 しかし、そんな師匠の性格を知らないイグニ様だから、こんなに悩んでしまっているんだろう。

「あの、イグニ様。師匠は大雑把というか豪快というかってタイプの人なので、あんまり悩まなくても大丈夫ですよ?」
「そうなのか? ……いやしかし、前例もなかった以上、ヘマをするわけにも……」
「前例ですか?」
「ああ。俺は番が先に現れた兄弟たちに、番を迎えた後の事や何かあった時の対処法、竜人と人族の考え方の違いから生まれる誤解や弊害などを、相談されつつも学ばせてもらっていたんだ。しかし今回のように、番の親族の事について行動を起こすのは、俺が初めてだからな……」
「初めて……あ、そうですよね、他の皆さんは……」
「君の察しているとおり、祖国から縁を切られたグラノや、周囲に家族と呼べる相手がいない環境だったウォルカは、婚前の顔合わせをしていない。フォトーは群れの者たちと一緒に居た時にエアラと出会っているから、そのままその場で承諾を得ているんだ。彼らも番の感覚が分かる獣人だったから、誤解や勘繰りもなくフォトーを送り出してくれたのだろう」
「だから、俺が初めてという事になるんですね……竜王様でない、竜人たちが人族の番の方を迎える時は、どうしているんですか?」
「もちろん顔合わせはするが、人族が婚前に行うものと内容は変わらないはずだ」
「あ、それなら、同じでいいと思いますよ」
「そうか? 迎えのパレードやパーティーなどをするべきか、と思っていたのだが」
「そこまでしたら、師匠は固まるか逃げ出すかしそうなので、もっとひっそりとした感じの方がいいと思います。元々、堅苦しい事が嫌いな人なんですよ」
「なるほど。ならば、不都合が無ければ火竜宮へ招待をしたい、あるいはそちらへ出向きたいという内容の手紙を出し、当日は我々の身内だけで話し合う、という感じだろうか」
「はい、それがいいと思います」

 いくらなんでも、自分が主役になりうるパレードやパーティーなんて、師匠は絶対逃げ出しそうだ。
 どちらかというと、気楽で自由な時間を楽しむ人だからな……美味しい料理は喜ぶだろうけど。

 昼食後、イグニ様と一緒に師匠への手紙を書く事となった。
 俺はともかく、イグニ様は何度も書き直していたので、くずかごが練習用の紙でいっぱいだ。
 いきなり火竜宮からの手紙を送ると、師匠が驚いてしまうかもしれないので、一般的な封筒を使い送り主の名前は俺にして、その中にイグニ様の手紙も同封する。
 ギルド経由とはいえミズキの国まで送るのだから、少し時間はかかるだろう。
 案の定、師匠から返事が来たのは、しばらく日にちが経ったあとで、その内容にも驚く事になるなんて、この時の俺は思っていなかった。


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。