私はウォルカ、水竜王ヴィダ様の番です。
 あの地獄のような貴族の暮らしから救われ、ヴィダ様に溺愛されながらも優しい仲間たちに囲まれ、幸せに日々過ごしてきましたが、ここでまさかの事態が起きました。

「……というわけで、恐怖体験がありましたら、聞かせて頂きたいのですが」

 とんでもない事を言い出したのは、図書館の司書の梟鳥人のノルスさんです。
 彼は私と他の番たちのお茶会の日に、お願いしたい事があるとやってきました。
 私は特に普段からお世話になっているし、出来る事なら力になりたいと思っていたのですが、彼の要望は到底私には叶えられそうにありません。

 それは、実際の恐怖体験を聞かせてほしいというものだったからです。
 なんでも暑くなってきたこの時期に、本好き仲間たちと怪談話を楽しむそうですが、さすがに書物の内容だけではマンネリ化してきたので、身近な人々から体験談を集めているというお話です。
 ……なんで?
 ………………………なんでなの?

 たしかに私は自他ともに認める魔法マニアだし、本もよく読みますので誤解されやすいのです、が。
 魔法好き本好きだからと言って、ホラーが得意だと思うなよ!!
 ………………失礼。
 しかし、いくら最大級の苦手分野と言っても、敬愛するグラノさんや可愛い弟分のフォトー君とカナデ君の前で、情けない姿は見せられません。
 ここは貴族時代に会得した、貼り付け笑顔で時が過ぎるのを待つしかないでしょう。

「どなたか、そういう体験をなさった方は?」
「うーん、すまない。俺はそういう事には疎いんだ」

 グラノさんは少し考えたあと、やはり何もなかったのか、そう答えました。
 そうです、そんなものは無くていいんです。

「ウォルカ様はどうです?」
「残念だけど、私も実体験は無いかな……」

 悟られないように困った笑顔を作り、ノルスさんに答えます。
 そもそも、そんな事が起きそうな場所に行ったり起こりそうな行動はしませんから!! 怖いもん!!

「フォトー様は?」
「うーん、怖い体験……あっ」

 ……え、「あっ」って……あるの!?
 やめてフォトー君、それはただの白昼夢だったと言って!!

「うーんと、俺がチビの頃、海で遊んでた時の話なんだけど」

 私の心の叫びもむなしく、フォトー君の恐怖体験談が始まってしまいました……。
 しかも海って……怪談話の中じゃ、怖さレベルが高い場所じゃないですか……。
 しかし、聞かずにいたら後から尋ねられた時に困るし、ここは我慢して聞かなければいけません……うぅ……。

「友達と一緒に食える貝を探してたんだけど、岩の下の水たまりに、たまたまでかい魚がいてさ。捕ろうと思って、みんなで岩をどかしたんだ。そしたら……岩の下から、とんでもない数のフナムシが!!」
「そ、それは怖い」
「数匹程度ならまだしも、大量発生はおぞましいな」

 よかった、それでこそフォトー君です。
 想像してぞわっと鳥肌が立ったけれど、怪奇現象じゃないならオッケーオッケー。
 グラノさんとカナデ君も想像したのでしょう、フォトー君に返答しつつもぞわぞわしている様子です。

「ふむふむ、それは「虫系」「ある意味怖い系」のジャンルに入るお話ですね」

 ノルスさんは感心しつつメモを取っています。
 確かに虫がダメという人も少なくないし、怖い話に入ると言えば入るんですね。

「では、カナデ様は?」
「えーと……怖いというよりは、不思議な体験なら何度か」

 何度か!?
 失われし一族の末裔でもあるカナデ君は、そういうものを呼び寄せる体質なんでしょうか!?
 あの子にそのつもりは無いと言っても、ガチガチのホラーはやめてくださいよ!!

 ……しかし、カナデ君の話は確かにホラーではなかったので、心底安心しました。
 その内容は森の中で手のひらサイズの牛に出会ったとか、ベルが生成されている変わった鉱山を見つけたなど、絵本の世界を思わせるような、不思議で可愛らしいものでしたから。
 びっくり体験と不思議体験の話が終わり、その日のお茶会はお開きになりました。

 しかし安心していたのも束の間。
 なんと後日、ノルスさんによって二人の話が脚色され、がっつりホラーになっていたそうです。
 ……本当のホラーは、実はノルスさんなのではないでしょうか……。


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